18歳を「壁」ではなく「スロープ」に―医療的ケア児の成人移行を、誰もが越えられる社会へ―

「新ノーマライゼーション」2025年6月号

全国医療的ケアライン 代表 村尾晴美(むらおはるみ)

今年、私の息子は30歳になります。在胎25週、1,000グラムに満たない超低出生体重児として生まれ、生後すぐに挿管し呼吸管理、経管栄養などの医療的ケアを受けながら命を繋いできました。成長とともに、持続的な服薬管理を除けば一時的に医療的ケアを必要としない時期もありましたが、現在は胃ろうによる経管栄養が必要です。

生後から現在まで、私たち家族は数えきれないほどの困難に直面してきました。それは、生死に関わる大きな決断を迫られた瞬間から、日常生活における介護と育児の悩み、そして制度の壁など、さまざまなものがあります。その中でも「18歳を迎えること」は確かに転機でしたが、これまでの経験から私は「18歳の壁」が特別なものではないと感じています。なぜなら、18歳は突然訪れるものではなく、誰にでも平等に訪れるものだからです。だからこそ、壁ではなく、事前に準備できる「節目」と捉えるべきだと考えています。

「18歳の壁」は“課題の可視化”

「18歳の壁」とよくいわれますが、私たち全国医療的ケアラインでは、この言葉が一人歩きし、目の前に立ちはだかる「乗り越えられないもの」として語られることに違和感を覚えています。18歳を迎えた時に現れるさまざまな課題は、決して突然現れるものではありません。それまでの支援の不備や準備不足、制度の切れ目が、18歳という年齢を境に“見える化”されているに過ぎません。

たとえば、小児医療から成人医療への移行は、18歳という年齢で一律に区切られるのではなく、医療機関の受け入れ体制や主治医の判断によって決まります。その規準の不確かさが不安を助長している側面もあります。移行が必要になった時には、本人の健康状態や家族の希望をもとに、小児科と成人科の医師が連携して継続的な医療体制を整えることで、診療報酬制度や医療体制の課題はあるものの、「誰かが突然困る」という事態を回避できるのではないかと考えています。

障害福祉制度も、18歳になったからといって初めて動き出すものではなく、就学中からの相談支援の強化や本人のアセスメント、日中活動先の見学・体験などを通して、スムーズな移行が可能となるよう整備されるべきです。言い換えれば、「壁」とされている多くの課題は、準備の遅れや仕組みの断絶に起因しています。

一方で、18歳の壁を感じる当事者家族は、むしろそれまで学校や放課後等デイサービス等の資源を十分に活用できていた一部の家族に限られた問題であるともいえるのです。地方には、医療的ケアが必要であるために通学支援が得られず、学校に十分に通えない子どもや、医療的ケア児を受け入れてくれる放課後等デイサービスがない地域もまだまだ多く存在します。そうした地域で暮らす医療的ケア児にとっては、18歳の壁はむしろ「壁」ではなく、「これまでと変わらない日常」の延長であり、逆に事業所での日々の支援が生活の質を高めることができる場合もあります。例えば、訪問学級で週に2回教員の訪問を受けていた子どもが、卒業後に毎日送迎付きで生活介護事業所に通うようになり、生活が豊かになったと話す家族もいます。

「壁」ではなく「スロープ」へ

では、どうすれば18歳を“壁”ではなく、スロープのように越えられるようにできるのでしょうか。私たちが考えるキーワードは「共に備えること」です。本人、家族、支援者、行政、それぞれの立場から、「18歳のその先」に向けて事前に情報を共有し、制度のつなぎ目をなだらかに整えていく。そうした一歩一歩の積み重ねこそが、なめらかな移行を可能にします。

また、18歳の壁を考える際、支援の中心に「本人」を置くことが非常に重要だと考えます。医療的ケアを必要とする子どもたちが地域の中で当たり前に学び、遊び、育つことができるように、支援の出発点は常に「こどもの健やかな育ちと自立」であるべきです。子どもの発達段階や意思、状況を尊重し、その子らしい人生を支える仕組みが必要です。現在、保護者の離職や介護的負担の問題が取り上げられていますが、それは「こども中心の支援」が十分に機能していない結果として現れている面があります。

私たちが目指すのは、「親が仕事を辞めなくて済む社会」だけではありません。「子どもが健やかに育ち、自立に向かって歩める社会」こそが、親も子も、それぞれの人生を主体的に生きられる社会だと考えます。

18歳は法律上の成人としての年齢に近づく大切なタイミングですが、重い障害や医療的ケアのある子どもたちは、自ら意思を表現することが難しい場合もあります。だからこそ、小中高と育つ過程で本人の好み、関心、意思を少しずつ周囲がくみ取り、育てていくことが重要です。「何を食べたい?」「どこに行きたい?」「誰と過ごしたい?」という小さな問いかけを繰り返すことが、将来の自立に繋がっていきます。

「自立」とは、何も一人暮らしをすることではありません。たとえ家族と暮らし続けるとしても、本人ができることを少しずつ増やし、自分の生活を選べるようになること。その姿勢を社会全体で支えていくことが、私たちの目指す「自立支援」です。

さらに、医療的ケアが必要な子どもたちの中には、退院可能であるにもかかわらず、自宅での生活が難しく、病院に長期間入院している子どもたちがいます。また、家庭でのケアが続けられず、家族の負担が限界に達して支援が難しくなる家庭も少なくありません。こうした状況では、医療的ケア児者とその家族が安心して生活できる社会的支援の仕組みを充実させる必要があります。誰にも頼れず孤立する家庭が制度や現場から見えにくいまま取り残されないように、支援の目を行き届かせていくことが求められます。

医療的ケア児を育てた母として見えた未来

生後すぐから数々の課題や困難を乗り越えてきた息子は、30歳になった今でも成長を続けています。できることが少しずつ増え、好きな音楽や本がはっきりしてきて、彼なりの「生き方」が見えてきました。この経験から、私は18歳は通過点の一つだと確信しています。健全な自立の先にこそ、親も子も安心して生きられる社会があります。

子どもが健やかに育ち、自分らしく人生を歩めるようになることは、親にとっても最大の安心です。「親が頑張り続ける」ことではなく、「親も子もそれぞれの人生を主体的に生きられる」こと。これこそが、私たち医療的ケア児の家族が本当に願っていることです。

課題を可視化し、仕組みで支える

もちろん、現状の制度にはまだ多くの課題があります。

  • 医療的ケア児を受け入れられる生活介護・就労系施設の不足
  • 重度訪問介護の対象年齢の引き下げと支給の地域格差
  • 意思決定支援のノウハウや体制の整備
  • 小児と成人の医療連携の不在
  • 教育と福祉の縦割り構造
  • 保護者の就労困難や経済的負担の集中

こうした課題は、見方を変えれば「整えるべき仕組みが見えてきた」ということでもあります。今後の制度改革においては、年齢によって支援が途切れない仕組み、地域による差がなく誰もが支えられる仕組み、そして本人中心の支援の実現が重要です。

ともに、未来をつくる

18歳を「壁」にしてしまうのか、それとも「スロープ」として越えていくのかは、私たち社会全体の意志にかかっています。それは行政だけでなく、支援者だけでもなく、保護者だけでもありません。すべての立場の人たちが、“当事者”である子どもの声に耳を傾け、共に自立への準備を担うことで、誰もが安心して未来を描ける社会が実現できると信じています。

私はこれからも、声を上げづらい家族や本人の思いを丁寧にすくい、社会に届けていきたいと考えています。そして、制度や支援体制が変わるだけでなく、私たち一人ひとりの意識が「18歳を一緒に越える」気持ちへと変わっていくことを願っています。それこそが、次の世代の医療的ケア児と家族への何よりのエールになると、信じています。