人工呼吸器を使っていても自分らしく生きられる選択肢のある社会へ

「新ノーマライゼーション」2025年6月号

山田萌々華(やまだももか)・山田美樹(やまだみき)

私は骨形成不全症という骨がとてももろい病気をもって生まれました。小さいときは骨折が多く、特別支援学校に入学する前に50回ほど骨折があったため、1年中ギプスを巻いて天井を見て生活していた記憶があります。

幼稚園に通っていた5歳のときに肺炎から呼吸不全になり人工呼吸器を着けて生活するようになりました。今は電動車いすを使いながら、学校生活や日常生活を送っています。

最近では、高等部卒業後の進路について学校の先生と話す機会が増え、将来について真剣に考えるようになりました。その中で、私が感じる「社会に変わってほしいこと」があります。

一つは、街中のバリアフリーの問題です。電動車いすを使っていると、ちょっとした段差が大きな障壁になります。また、駅や目的の施設にエレベーターが設置されていない場合、その場所に行くこと自体を諦めなければならないこともあります。「この建物にはスロープはあるだろうか」「トイレは使えるだろうか」「乗り換えはスムーズにできるのだろうか」、出かける前には慎重な計画と調査が毎回必要になります。

バリアフリー化が進み、エレベーターやスロープが当たり前のように設置される社会になれば、行動範囲は格段に広がり、社会参加の機会も増え、人生の選択肢も増えていくことと思います。

もう一つは、人工呼吸器に対する理解不足です。人工呼吸器を使っていると「何かトラブルがあったら大変なので…」と、私を見ることもなく受け入れを断られることがあります。きっと、ほとんどの人は人工呼吸器を見たことがないので、受け入れる怖さがあるのだと思いますが、まずは呼吸器を着けながらもおしゃべりをし、電動車いすで動き回っている私を見てほしいです。

これから卒業後のために実習に行かなくてはなりませんが、呼吸器があることで実習先の選択肢が限られてしまうのも残念です。

私にとっての人工呼吸器は呼吸を助ける道具であって、これがあることで安全、安心に生活することができているので、多くの人に人工呼吸器は特別なものではないことを理解してもらいたいです。

医療的ケアがあっても、人工呼吸器を使っていても、自分らしく生きていける社会の中で、自分の進みたい道を見つけ「私の人生」頑張っていきます。


人工呼吸器を使っているというだけで、特別支援学校では高等部卒業まで保護者の付き添いが必要とされることが、かつては当たり前でした。

娘は両親が共働きで付き添いが難しかったため、1日2時間、週3日の訪問籍から学校生活が始まり、小学部6年生から保護者の付き添いなく専用通学車両に乗車して登校が可能になりました。当時、人工呼吸器での通学生は数名でしたが、医療的ケア児支援法が整った今では、学校には人工呼吸器のお子さんが何人も通ってきています。

ただ、高等部卒業後の進路については、人工呼吸器があることで極端に限られてしまうのが現実で、高等部2年の娘も今、実習先の選択肢がほとんどありません。

娘にとって、人工呼吸器は呼吸を助けるためのもので、眼鏡や補聴器と同じく、生活を送るうえで必要な一部にすぎません。

人工呼吸器を使っているからといって、将来の選択肢を制限されることなく、自分らしく生きるためにも人工呼吸器が生活の一部として当たり前に受け入れられる社会になることを願っています。