トピックス-第18回障害者権利条約締約国会議 サイドイベントの開催-日本の旧優生保護法の経験と教訓の国際的共有

「新ノーマライゼーション」2025年8月号

弁護士
関哉直人(せきやなおと)

1.サイドイベントの趣旨及び概要

2025年6月10日、ニューヨークの国連本部で開催された国連締約国会議のサイドイベントにおいて「日本の旧優生保護法の経験と教訓の国際的共有」(日本障害フォーラム(JDF)、優生保護法問題の全面解決をめざす全国連絡会(優生連)、優生保護法国家賠償請求訴訟原告団、優生保護法被害弁護団主催、国際障害同盟(IDA)共催)を行いました。

優生保護法は、障害のある人や犯罪傾向のある人に対し強制不妊手術や強制的な人工妊娠中絶手術を認めていた法律です。1948年に成立し、1996年に母体保護法に改正されるまでの間、48年間存在しました。この間に、政府の統計によれば、強制不妊中絶について約25,000人、人工妊娠中絶について約59,000人、合計約84,000人の被害者がいるとされています。

2018年以降、39名の原告が、法律を作り優生思想を広める施策を推進してきた国に国家賠償を求める裁判を提起しました。2024年7月3日、最高裁は、優生保護法は憲法13条で定める個人の尊厳、14条1項で定める平等原則に違反するとし、被害者の全面勝訴判決を言い渡しました。

判決後、事態は大きく動きました。同年7月17日、当時の首相である岸田総理は被害者らと面談し、謝罪しました。7月29日「障害者に対する偏見や差別のない共生社会の実現に向けた対策推進本部」が設置され、12月27日には政府が今後取り組むべき施策を列挙した行動計画が発表されています。また、2025年1月17日には優生保護法に関する「補償法」が施行されるに至りました。

今回のイベントは、上記一連のプロセスを国際的に周知し、世界中でなお解決していない障害のある人に対する強制不妊手術やその補償の問題への解決への一助となることを目的として企画したものになります。

このイベントでは、長瀬修氏(JDF政策委員、インクルージョンインターナショナル事務総長)が議長を務めました。田門浩氏(優生保護法東京弁護団団員・障害者権利委員会委員)が開会挨拶を行い、当職(優生保護法東京弁護団団長)が「旧優生保護法とその被害」と題して優生保護法をめぐる一連のプロセスを報告し、「旧優生保護法による不妊手術の被害者の声」として、被害者の北三郎氏(全国優生保護法被害原告団共同代表)が登壇し、また、尾上敬子氏・尾上一孝氏、鈴木由美氏がビデオレターでそれぞれ被害を語りました。続いて、藤原久美子氏(DPI女性障害者ネットワーク代表、優生連共同代表)が「優生連の取組:旧優生保護法が残した課題」として今後の課題について報告し、アンバ・サレルカル氏(IDAプログラム・インパクトシニアマネジャー)が「障害者権利条約と強制的不妊手術:総括所見の分析」として自らの経験とともにこの問題の権利条約上の位置づけについて報告し、質疑応答を経て、最後に田中伸明氏(JDF政策委員長・旧優生保護法愛知弁護団団員)から閉会挨拶を行うという流れで実施されました。

2.北氏の報告

北氏は最高裁の判決後、賠償金をどのように有効に使うかを考えておられました。その中で、長瀬氏より国際的に報告の機会があれば報告しないかと提案があり、この企画に結びついています。北氏にとって海外は初めてであり、82歳というお年でありながら、企画が決まるとすぐにパスポートを取得し国際的な報告への意欲を示されました。

北氏は、サイドイベントの前日に開催された市民社会フォーラムにおいても3分間のスピーチを行っています。サイドイベントにおける報告を含め、国連でこの問題に関して被害者本人が直接被害を訴えることは初めての取り組みです。

その報告の一部をご紹介します。

「子どもを産む・産まないは、人から勝手に決められることではありません。障害があっても、なくても、自分の気持ちと全く関係なく、勝手に不妊手術を受けさせられることなど、あってはなりません。同じ悲劇を絶対に繰り返してはいけません。私は、私と同じような苦しみを味わう人を一人でも減らしたいです。そのために、私は、世界に対して、私の経験と思いを発したいと思い、今日、ここに立ちました。日本が、そして世界中が、自分のことを自分で決められる社会になることを、心から願っています。」

報告直後にはスタンディングオベーションがあり、本会議でも北氏の報告は取り上げられ、すれ違う関係者からも「報告、すばらしかったですよ」と声をかけられるなど、反響は予想以上に大きいものでした。

同時に、他の国でも同様の被害が数多く存在していること、法制度としての強制はなされなくなったものの補償がなされていない国も存在すること、それらの事実に対して日本の解決プロセスが重要な意味を持つことが確認されました。

3.キム委員長らとの面談

サイドイベント実施後、北氏と我々は、キム・ミヨン氏(障害者権利委員会委員長)、マーカス・シェーファー氏(バーゼル大学法学部)らと面談を行いました。

キム氏からは、日本において優生保護法に関し裁判で勝訴判決を得て補償法が成立した経緯について、国際的にも大変意義のあることである旨話がありました。シェーファー氏からは、今後の課題として、1権利条約の総括所見(17条関係)において勧告したとおり、すべての被害者に対して補償が届くよう国による積極的な取組が必要であること、2教育の分野、生活をする場所、仕事といった生活分野全般において分離をしないことを徹底することが極めて重要であり、かつ、権利条約8条に規定する意識の向上について、一時的ではなく継続的に意識向上を図るための戦略を策定すること、当該策定のプロセスに障害当事者や障害者団体が参画することが必要である等の重要な示唆が提示されました。

4.北氏の人生の一つの出来事とご一緒できて

北氏は、手術を受けた当時入所していた児童自立支援施設(旧教護院)で習った技術で、お花紙でいろいろなお花を作られます。今回、国連にも持参され、IDAに贈呈することができました。

また、北氏は報告前後に、自由の女神を見て、グラウンドゼロを訪問し、ハンバーグやパンケーキを食べられるなど、とても元気にニューヨークの日常を過ごされ、その後は「大谷選手を見てみたい」という北氏のご要望を受け、長瀬氏、当職とドジャースタジアムに行き、ドジャースの試合を一緒に観戦しました。そして、今回「人生で一番の思い出ができた」とおっしゃっていただきました。

北氏が裁判を提起することに続き、世界中の多くの人に被害を知ってほしいと行動されたことに敬意を表し、また、同じ時間を共有できたことに感謝申し上げたいと思います。