実現・当事者目線の支援機器-聞き取れるを届ける超磁歪式FILLTUNE®エンジン搭載「FILLTUNE CLEAR」と「atell」

「新ノーマライゼーション」2025年8月号

FILLTUNE株式会社 CEO
磯部純一(いそべじゅんいち)

超磁歪式骨伝導技術との出合い

「あ!ハッキリ聴こえる」「これはハッキリしてますね。人の声が」。続いて、美空ひばりの曲を聞いてもらうと、「ハッキリ聴こえました。歌詞もわかりました」「美空ひばりのね、川の流れのように、ね」(90代 高度加齢性難聴者女性)

「ああ、全然違う!子音が立って聴こえる」「昔を思い出しました。好きな曲はいつまでも好きでいたいから、記憶だけにとどめて聴かなかったんです。この聴こえになるんだったら、また音楽が楽しめるかな。ちょっと楽しみになりました」(50代 高度難聴者男性)

2021年6月、最初の製品「FILLTUNE CLEAR」の開発の過程で、製品の性能をチェックするための試聴会にご参加いただいた方のコメントです(※1)

この時に得られた情報を元に最終調整を行い、2022年4月量産製品をリリースすることができ、当社の使命と考えている「一人でも多くの人により良い聴こえを届ける」の第一歩となりました。ただ、ここまでの道のりは、紆余曲折あり、決して簡単なものではありませんでした。

私が初めて骨伝導技術の開発に携わったのは、今から10年前の2015年になります。骨伝導製品を企画開発する企業に参画し、音楽用の製品に加え、聴覚補助用の製品の開発も進めていました。

ところが、開発の過程で難聴者の方々に試聴してもらったところ、多くの方から「音は聞こえるけど、言っていることがよくわからない」「メロディは聞こえるけど、歌詞を聞き取れない」という声をいただく結果に…。この「聞こえるけど、言葉として聞き取れない」という課題のハードルは高く、その後、さまざまな取り組みをしたものの、成果を上げることはできませんでした。

そんな中、2019年にある方から「紹介したい骨伝導技術がある」という連絡をいただき、出合うことができたのが、現在、当社のコアテクノロジーとなっている超磁歪式骨伝導という技術です。

骨伝導技術については、かなり調査研究していた私にとっても、「超磁歪」という技術は初めて聞く言葉でした。調べてみると「超磁歪材料:米国海軍戦略研究所によって、潜水艦のソナー等の用途として開発された技術」とのことで、期待に胸を膨らませたことを覚えています。

当時、紹介されたトランスデューサーは大きくて重く、これで製品をつくれるの?という印象しかなかったのですが、試聴してみると「全く違う感覚の聴こえ」を感じることができたことに感動し、この超磁歪式骨伝導技術を実用的なレベルにアップデートすることを最初の目標として、2020年に創業したのが、FILLTUNE株式会社になります。

“しっかり聞き取れる”を届けるFILLTUNE CLEAR

そして、2年の研究開発を経て、小型化&高性能化したトランスデューサー FILLTUNE TD ver.1(※2)が完成し、最初の製品FILLTUNE CLEARが完成しました。

FILLTUNE CLEARは、加齢性難聴の方により効果的と考えており、加齢性難聴の高齢者(主にご家族からの問い合わせ)の他、介護施設や高齢者の多いクリニックに採用していただきました。

介護施設では、当時はコロナ渦ということもあり、ご家族の方とオンラインで会話する機会に活用していただくケースも多く、ご子息やお孫さんの声が聞き取れたなど、嬉しい報告をいただくことができました。クリニックでは、高齢者の方との問診時に活用されており、実際に活用しているクリニックの先生より、「難聴のために病気の説明や生活指導が困難になっている患者さんが大勢います。そんな方でも8割以上の方と自然なコミュニケーションが図れます。言葉が聞こえたことを喜ぶ姿を何度も目にしました」というコメントをいただいています。

医師のウォンツから生まれた製品 atell (アテル)

その後、クリニックにて問診時に活用していた先生方から、「聞こえは良いのだけれど、ヘッドホン型なのでちょっと使い勝手が悪い、ずれてしまう」などのお声が寄せられるとともに、何名かの先生方から、聴診器のような感覚で使えるものだと嬉しい、とのアイデアをいただきました。そして、試作機を複数作り、改良を重ねていく中で、訪問診療で活用されている先生方から、コードがちょっと危ないとのお話をいただき、最終的にワイヤレスモデル「atell(アテル)」が誕生しました。

実際に介護施設などを回ると、多くの加齢性難聴の方々は聴こえていない自覚がないなど、それほど困っていない様子である一方、スタッフの方々は声を張って頑張っていらっしゃる姿を見て、介護施設においてもクリニックと同様、加齢性難聴の方々と対話するスタッフの方々に大きな負担が掛かっている現状を再認識しました。

「聞き取れる」を届けることで医療・介護現場の対話品質を改善し、豊かなコミュニケーションを実現したい、そして、医師・看護師・介護士の皆様の業務負荷を軽減したいそんなサポートができるプロダクトにしたい、という思いを強くしました。

使い方は簡単です。必要な時に軽く耳に「あてる」だけで、しっかり聴こえます。問診や大切なお話など、話し手が聞き手に寄り添ってコミュニケーションを図ることができます。また、補聴器のように利用者に合わせたチューニングが必要ないので、一台で複数の方に使うことができます。誰にでも、簡単に、そんな使い勝手の良さを求める現場の声をカタチにしました。

atell が解決する課題は主に2つ。「対話するスタッフの負担やストレスを軽減」と「増加する加齢性難聴の患者さんとの会話品質を向上」です。聞き返しにかかる時間を抑えて、スムーズな医療・介護の提供につながります。

今後の展開について

現在、年内をめどに小型軽量化&高性能化を進めたFILLTUNE TD ver.2のリリースを進めており、より良い聴こえを届けられる軽量で装着感のよりヘッドセットタイプなどの新モデルの開発を進めています。

また、中期的な目標として、認知症予防の分野での活用を目指しています。難聴は認知症の発症リスクを最も高める要因の一つとされており、認知症発症リスクが中等度難聴で約3倍、高度難聴で約5倍に上昇することが報告されています 。(アメリカ・ボルチモア高齢者研究)当社の技術を活用し、加齢性難聴の方々により良い聴こえを届けることで、脳の活動の低下、認知負荷の増加、社会的孤立などを軽減することができれば、認知症の予防に繋がると考えています。


※1  訪問、もしくは来社いただくカタチで、中-高度難聴の方42名に実施。

※2  FILLTUNE TDは、研究開発の段階で、厚生労働省の障害者自立支援機器開発事業に採択されており、その臨床テストにおいて、中-高度難聴の方を対象に子音の聞き取りテストを実施。その結果、中・高度難聴を中心とした被験者の約8割に確かな聴こえを届けられると評価されていました。