カウントダウン 東京2025デフリンピック-日本代表選手団の歴史と役割について

「新ノーマライゼーション」2025年8月号

一般財団法人全日本ろうあ連盟スポーツ委員会委員長
太田陽介(おおたようすけ)

デフリンピックは、きこえない・きこえにくい人のオリンピックで、 国際ろう者スポーツ委員会(ICSD)が主催し、オリンピックと同じように4年に1度、夏季大会と冬季大会がそれぞれ開催され、デフアスリートにとって世界最高峰の大会でもあります。

デフリンピックは1924年にフランスで初めて開催されましたが、日本からの参加は41年後の1965年のワシントン大会(アメリカ)に11名(選手7名・スタッフ4名)の日本代表選手団(以下、代表選手団)を初めて派遣しました。卓球の中井リヲ子選手が銀メダル、マラソンで25kmロードレースの高山道雄選手が銅メダルを獲得し、初出場でありながらも好成績を残しました。しかし、水泳選手が走り幅跳びに出場するといった競技を兼務することを理由に棄権が多かったことは、代表選手団として反省すべきとの記録が残っています。

冬季デフリンピックは1949年に初めてオーストリアで開催されました。日本からは18年後の1967年のベルヒスガーデン大会(ドイツ)に5名(選手3名・スタッフ2名)を初めて派遣しましたが、32年間なかなかメダルに恵まれる機会がありませんでした。ようやく、1999年ダボス大会(スイス)においてアルペンスキーの伏見景子選手が、強豪の欧州勢を打ち破り、女子回転競技にて銀メダル、大回転競技も銅メダルを獲得しました。代表選手団に本部スタッフを置き、全面的なサポート体制を構築したことが大きな効果をもたらしました。

夏季デフリンピックで、2021年までの15回開催に参加した選手は延べ920名、スタッフは延べ431名、メダル総数214個(金79個、銀74個、銅61個)を獲得しています。

冬季デフリンピックで、2023年までの20回開催に参加した選手は延べ174名、スタッフは延べ160名、メダル総数20個(金8個、銀6個、銅6個)を獲得しています。

そして、今年11月15日から26日の12日間にかけて100年の歴史をもつデフリンピックが日本の東京で初めて開催されます。競技種目は、陸上、バドミントン、バスケット、ビーチバレーボール、ボウリング、自転車(ロード、マウンテンバイク)、サッカー、ゴルフ、ハンドボール、柔道、空手、オリエンテーリング、射撃、水泳、卓球、テコンドー、テニス、バレーボール、レスリング(フリースタイル、グレコローマン)の21競技あり、世界各国から約3,000名の選手たちが集合し、金メダルをめざし、競います。

東京2025デフリンピック日本代表選手団は391名(273名の選手と118名のスタッフ)が参加、過去最高だった2009年の台北大会の約2倍となります。21のすべての競技に臨み、メダルも獲得最高の数となることを目標として取り組んでいます。

代表選手団の本部スタッフ構成は、団長をはじめ、副団長、総務、広報、メディカルチーム、手話通訳チーム、輸送関係チームなどであり、開催地の現況によってスタッフの構成方法を組んでいくことになっています。団長は、各競技団体から選ばれた選手やスタッフが日本の代表として誇りと自覚を持って最高のパフォーマンスができるよう、集団的行動を統括する重要な役割を持ちます。総務は、本部体制を確立し、各競技団体への情報提供、また、選手たちが快適に競技生活を送れるようにサポートを行います。広報は、選手たちの活躍や成績などの情報を発信します。メディカルチームは医師、看護師、トレーナーなどで、選手たちの体調管理を行い、選手が負傷した場合は競技会場に駆けつけ、ドーピング検査、聴力検査を受ける時は受診される選手に付き添えるように行動します。手話言語通訳チームは、医師や看護師やトレーナーと選手のコミュニケーションを手話言語通訳で支援します。また、メディカル側の方と現地関係の方と選手団本部スタッフの情報共有としてサポートするために、手話言語通訳が重要な役割となります。輸送関係チームは、各競技会場への選手やスタッフの輸送確保、交通機関の確認などを行い、選手たちが計画どおりに競技に臨めるよう環境を整えて支援します。このように本部スタッフはチーム一丸となって、あらゆる面で役割分担し、選手たちが安心して競技に臨める環境づくりを大切にしています。