Green Human Peace
「新ノーマライゼーション」2025年10月号
六つ星山の会
葛貫重治(つづらぬきしげじ)
私と山登り
読者の皆様は、たかが山の会の紹介に何とたいそうな表題をと、思われた方もおられると思います。しかしアジア太平洋戦争敗戦の翌年、戦地から命からがら帰郷した父と、戦禍をようやく生き抜いた母のもとで農家の長男として1946年秋に生まれた私は、母胎の栄養不良による先天性弱視でした。両親はもとより、祖父母も含めて驚きと悲しみはいかばかりか。想像を超えるものがあります。寄稿の依頼が日本障害者リハビリテーション協会ですから、あえて自分史から始めさせていただくことをご了承ください。
成長してから自らの障害が戦争や貧困と深く関わっていることを知りました。したがって毎日の暮らしや趣味までが、自然と人権と平和な社会のあり方と深く関わっていることを思わずにはいられません。
山登りを始めて60年余り、六つ星山の会に参加して30有余年、この寄稿が、私の生き方と登山を振り返る機会となったことを感謝しています。
川越にある埼玉県立盲学校を経て、1962年に東京教育大学(現筑波大学)附属盲学校高等部に入学した私は、同級生に誘われてワンダーフォーゲルクラブ(ワンゲル)に入りました。当時、一般の高校では、山岳部やワンゲルは当たり前でしたが、まさか盲学校にあるとは驚きでした。2人の岳人が顧問となり、10名ほどの部員で活動しました。就職までの7年間、私の山行は、常にワンゲル仲間と一緒でした。中でも新入部員歓迎山行、御嶽山から大岳山・氷川(現奥多摩町)までの縦走と、1年生の夏合宿、清里から赤岳に登り野辺山に下る一日行程のきつさは、60年余を過ぎでも懐かしく思い出すひとこまです。その後、私の山行は、奥多摩から奥秩父・丹沢へ、富士山初登頂は高校3年、八ヶ岳縦走から白馬、槍、立山・剣へと広がっていきました。六つ星山の会への参加は、1990年代初め、ワンゲルの先輩に誘われてのことでした。
六つ星山の会の創立と山行
1982年5月、数人の視覚障害者が、高田馬場にある日本点字図書館(日点)を訪ねて、「山登りがしたいのだけど、サポートしていただけないか」との依頼がありました。この訪問が契機となって、日点職員やそのボランティアの皆さんを中心に山好きの方々が集まってサポート集団がつくられました。最初の山行は丹沢の大山、当時の山行記録は残っていませんからルートはわかりませんが、初めてでもあり、ハイキング程度の企画だと思われます。
この山行に参加した視覚障害者とサポーター(健常者会員)を中心に六つ星山の会が結成・創立されました。「六つ星」とは、視覚障害者が使う文字である点字のことで、視覚障害者関係の名称によく使われます。
創立直後の山行は、視覚障害者とサポーターあわせても10名ほど、奥多摩や奥武蔵・丹沢など東京から日帰りできる比較的簡単な山行を毎月1回程度続けていたようです。
日点は点字図書館であるとともに視覚障害者の文化センターですから、六つ星山の会の存在は、視覚障害者はもとより、その関係者にも知られることとなり、創立10年を待たずして会員数は100名近くに、山行も東京周辺から八ヶ岳や南北アルプスへ、会員の個人山行では、利尻山から宮之浦岳まで広がっていきました。
私たちの会は、その会則で「視覚障害者と健常者がともに自然と登山を楽しむ」ことを確認していますから、「つれていってもらう」「つれていってあげる」という関係ではありません。会の運営にも山行の企画や実施にも、視覚障害者が関わることは当然です。しかし、会が大きくなるにつれて、この精神が十分に継承されていないことを危惧してもいます。
会はその目的達成のために、会務全般を担う総務部、山行の選定・企画・安全等を担う山行部、会内外への情報発信を担う広報部を持って運営しています。なお、すべての会員に、損害賠償を含む山岳保険への加入を義務づけています。また、会の発展にとっては、マスコミ関係者の取材や報道が大きな役割を担っていただき、多くのサポーター会員が入会されたことを付記し、感謝とお礼を申し上げます。
安全な山行のために
山行先が広がるとともに、登山の安全をどう保つかという課題が常に活動の中心になっています。幸いなことに、六つ星山の会は創立43年を迎えた今日まで、大きな遭難事故を起こすことなく、山行を続けてきました。これにはサポーター会員の大きな努力があることを感謝を込めお伝えいたします。
1人でさえ危険な山道を視覚障害者とともに歩くのですから、その緊張は計り知れません。したがって、会では毎月例会を開いて山行計画と実施後の反省、とりわけ安全登山の研修を重視しています。当初はサポーターの背負ザックに直接つかまって歩く方法でしたが、さまざまな過程を経て、今ではサポーターのザックの背面に3mほどのロープを逆T字型に張り、視覚障害者は左手でこのロープに軽く触れ、右手は登山用ストックを持つようにしています。視覚障害のある会員には前後にサポーターをつけ、前サポーターは決して振り返ることなく安全なルートを歩く、後ろサポーターが段差や木の根・岩場などの情報を的確に伝えることを役割として安全を確保します。
この方式まで到達するにも、月例会はもとより、視覚障害者初心者講習会、サポーター講習会(健常者対象)等、定例山行とは異なる企画を実施したり、山行対象の山を会の基準でG(グレード)1から4にランキングして、会員の体力や技術に合わせて安全を確保するよう取り組んでいます。また山行時の健康管理やリスク回避、「ひやり・ハット」の共有、衣類や持ち物、体力づくりや行動食・非常食など、山行に必要な知識と技術は常に例会のテーマとしています。
さらなる発展をめざして
登山は登頂を目的とするほか、樹林帯では新緑や紅葉、野鳥のさえずりに癒やされ、稜線に出れば涼風や高山の花々にさそわれて歩くなどさまざまです。会員それぞれがその目的を達成するには、各個人が自由に使える時間をもち、安心して暮らせる社会の仕組みも不可欠です。また、地球温暖化による自然と環境の破壊や差別と分断を許さない人間関係のありようも、私の関心の的となっています。
今、会員数は200名弱、視覚障害者は70名程度と、趣味の会としてはかなり大きくなった六つ星山の会が、会員の多様な要求に応え、山と自然をともに楽しむために、会員同士がさらに豊かな人間関係を築くことが求められています。会はエコーライン(月刊)、六つ星だより(年2回発行)、各種SNSなどを駆使して情報を共有し、友情と連帯を深める努力を尽くしています。
会の業務が多忙を極めるなか、役員の負担が際立ってきました。運営スタッフを確保し会員の期待に応えることが、大きな課題です。「視覚障害者と健常者が、ともに自然と山を楽しむ」というスローガンを具現化するには、すべての会員が積極的に会の運営に関われる自覚と気概を持っていただけるよう努力しなければと考えています。
読者の皆さん、山と自然をご一緒に楽しみませんか。ご一報をお待ちしております。