余暇活動を支える移動支援事業の現状と課題~外出は誰もが生きるための権利

「新ノーマライゼーション」2025年10月号

旭川手をつなぐ育成会 副会長
野々村雅人(ののむらまさと)

2003年から始まった支援費制度の居宅介護等事業の中に外出介護の支援が始まりました。このころからこの制度を利用してカラオケやレストラン、銭湯などに支援者と同伴で外出をする光景が多くみられ、開かれた福祉になるようなわくわく感があったことを覚えています。

その後、外出介護を含む居宅介護等事業が全国的に大幅な伸びを示し、支援費制度の予算をはるかに超え、財政破綻となってしまいます。反面必要なニーズであったことが証明されたことになりました。きっと外出をしたいと心待ちにしていた本人たちが多かったのだろうと思います。

2006年に障害者自立支援法(以下、自立支援法)が施行。自立支援法で移動支援事業は市町村事業となり、市町村の裁量で決められる自治体独自のサービスとなったものの、報酬が上がらず、要綱も変わらず、人材も不足する中で、結果的に衰退する流れに至っています。今振り返ってみると支援費制度の時に財政破綻ではあったものの、移動支援事業は障がいのある方の権利として必要な支援であったと思います。法定サービスから市町村事業になったのが、外出支援に対する1つの分岐点だったと思います。自立支援法施行から19年が経過し、市町村事業であることから、自治体による報酬単価の違い、旅行や通学を支援として認めているところとないところなど自治体で異なる中で、今後この移動支援事業をどうするか?難しい局面に立たされています。誰かが舵を切らないと衰退の一途をたどる=外出ができず閉ざされた世界となってしまうのではないかと危機感をもっています。

私的利用や保険外看護など制度外で外出支援を行っている事業所が増えてきています。ただし、お金のある方は利用できるものの法定サービスとは違い、福祉タクシーなど移送や支援についても100%自費なので、年金だけで暮らしている方などは厳しい状況です。利用できる方、できない方など2極化されてしまう可能性もあります。

現在、移動支援事業自体の要綱や報酬の改定などの課題について地元の関係者と話し合っています。先日も国会に出向き陳情するなど活動をしています。今後は、全国の方とネットワークをつくりオンラインでやりとりをして、見えてくる課題を国などにも伝えていく活動を行っていきたいと思います。

障がいのある本人たちにとっては、余暇を楽しめないこと、事業所と家の往復だけでなんの楽しみも持てないという本人たちも少なくないと思います。私たちは好きな時にコンビニに行き買い物などができます。しかし支援の必要な方は、行きたくても行けない。私自身本人支援をしている支援者として、できる限り楽しくと思い向き合っていますが、できることにも限界があり、どこか本人たちを抑圧してしまっているのではという気持ちになってしまうところがあります。

家族や本人たちも年をとり、家族の方が本人を通院や余暇的な外出などに連れていけなくなる状況も私の周りに多く見られます。在宅で暮らしている本人へのさまざまなサポートが必要になりますが、その中でも外出支援は大事なものとなります。ヘルパー不足などで在宅の方への支援が難しくなってきている今、生活全般がままならなくなると施設へという流れが速まってきてしまっているようなところもあるような気がします。人の生き方はソフトランディングであるべきであり、人生思い出づくりとするならば、「その人らしく生きる」ためにも外出支援は必要不可欠であると思います。

医療的ケアを必要とする本人について、家族にとっても通院がその月の一大行事である方が多いと思います。決してバランスの良くないバギーを母親が押しながら本人を見て、その上に酸素ボンベなどを抱えながら通院し、帰りにはシリンジなど物品も抱えながらなんとか車に向かう。母親としては他の人の手を借りたくても、ヘルパー不足なども含め私が見なければという気持ちとなり、子どもが生きるための外出をやっとこなしている現状があります。

支援の手が足りないことで母親としてもどこにも声を出せない状況になっていることと、その家や家族を孤独にさせてしまっている現状があります。その人らしく生きるために本人や家族を理解してくれる支援者の存在が必要不可欠であると思います。

外出支援の経験のあるヘルパーが徐々に少なくなることにより、支援する側としても外出に対してこんなことならできるというアイデアや許容範囲も乏しくなると思います。本人たちとこんなふうに楽しみたいという思いを持ったヘルパーさんが育たなくなってくると思います。支援者も本人もお互いが成長して支援が成り立つ中でせっかくの外出の機会を楽しいものにすることも大事であると感じています。

移動支援事業だけでなく、グループホームや施設、通所の事業所などにおいても同様に、人材不足の中で外出ができないとなると、室内で何か問題行動的なことも起こることもあると思います。外出することで本人たちもそれぞれが楽しく過ごせるので、風通しのいい支援になることが多いですが、そこを恐れているのは支援者側のような気がして、昨今このような状況が多くなっているような気がします。

外出して表現する機会をつくろうということで、先日旭川手をつなぐ育成会主催のチャリティビールパーティを企画しました。その中で、バリアフリードレスショー&古着ショーが行われました。十数名のモデルさんたちがおしゃれをしてランウェイを歩く。障がいのあるなしにかかわらず、当たり前に表現する世界がありました。日ごろの生活だけでなく、外出をして舞台に上がってそれぞれが主役になれる時がある。人生の中で思い出づくりを。外に出て夢の世界を感じ、また現実に戻ること。誰もが必要な権利であると思います。関わる支援者も本人たちも家族も生き生きとしていましたし、終えてからもじわっとくる感じがあり、また来年もやろうと話が進んでいます。

先日も障がいをもつ家族の方との話の中で、自分の子どもが大人になった時に親の手だけでなく、支援者と一緒に外出ができる世の中であってほしいという意見がありました。将来のために旭川手をつなぐ育成会としては、今年度からこの移動支援事業の問題から親なきあと部会と将来について考える部会を立ち上げました。

家族や本人たちの中には毎日生きるのが不安という方がおられると思います。家族や本人たちの考えから支援者の方で後押ししながらみんなで「できる」をあたためているところです。思っていることを声に出せる環境をつくり、一緒に考え、振り返りながら今後も将来のためにできる限りのことをもがきながら向き合っていきたいと思います。