劇場における鑑賞活動の広がり。障害児向け劇場体験プログラム「劇場って楽しい!!」について

「新ノーマライゼーション」2026年1月号

国際障害者交流センター ビッグ・アイ 副館長
鈴木京子(すずききょうこ)

国際障害者交流センター ビッグ・アイ(以下、ビッグ・アイ)では、2001年の開設当初から、文化芸術活動を通じて障害のある人の自己実現を図り、社会参加と自立を促す数多くの事業を展開しています。

その中でも、2014年からこれまで10年以上にわたり大切に育ててきた事業が、「知的・発達障害児(者)にむけた劇場体験プログラム『劇場って楽しい!!』」です。本プログラムでは、主に知的・発達障害のある子どもや大人、その家族や支援者を対象とし、劇場という空間に安心して参加できる経験の機会を提供しています。

現在に至るまで継続している取り組みですが、その構想と課題整理は、2013年にさかのぼります。

このプログラムは、ひとりのお母さんの言葉から始まりました。「どんなに好きなお芝居や音楽の公演があっても、知的・発達障害のある人にとって劇場は参加しづらい場所で、周りの人に迷惑をかけてしまう場所なんです。鑑賞の仕方や劇場がどんなところかを、体験を通じて練習させてほしい。経験を重ねて、分かりやすく伝えてくれることで学ぶこともできるのです」とお話しされました。

この言葉は、ビッグ・アイがそれまで行ってきた公演事業のあり方を、改めて見つめ直すきっかけとなりました。

当時、ビッグ・アイでは、障害の有無や種別に関係なく、だれもが舞台を鑑賞できるよう、字幕、音声ガイドなどさまざまなサポートをつけて公演事業を実施していました。

「誰もが」「障害の有無に関係なく」といいながらも公演の途中で劇場内から出てくる人、帰ってしまう人がいました。「隣の人に静かにして」と言われたとか、「出たり入ったりするので迷惑がかかるので」「大きな声を出してしまったから」などが理由でした。そもそも、薄暗い劇場内に入ることすらできない人もいました。こうした状況は、「誰もが鑑賞できる場」を創造しているつもりであっても、実際には参加ができない人がいることを示していました。

また、保護者は「途中で声を出したらどうしよう」「席を立ったら迷惑になるのではないか」といった不安を抱え、最初から劇場に足を運ぶという選択肢を手放してしまうことも少なくありませんでした。「体験する前にあきらめざるを得ない構造」「文化芸術へのハードルが高い状況」こそが、本質的な課題であると捉えました。

このことと「体験や練習をさせてほしい」という言葉がつながり、2013年にプログラム作りに取り掛かりました。

保護者や支援者が考えている「迷惑をかける行動」は、そもそも問題行動なのか。それよりも劇場内の暗さや大きな音、先の見えない中で静かに座って鑑賞することを前提とした空間は、無意識のうちに不安や恐怖、負担となっているのではないか。それは問題行動ではなく、理由のある行動であるのではと考えました。

その背景にある環境や経験の不足に目を向ける必要があると考えるようになりました。なぜそうした行動が起きるのか、障害特性を学び直し、理解することで、安心して経験できる環境を整えることが重要でした。これを出発点として、劇場を楽しい場所に変えていく取り組みが始まりました。

まず、2014年から2017年まで年間3回、ビッグ・アイにおいて実験的な企画として、劇場体験プログラムを実施しました。開催する都度、開演前の打ち合わせ、終演後には振り返りを行うとともに、アンケートで環境づくりに必要な「もの」と「こと」、プログラムへの意見などを聞き取り、改善、ブラッシュアップを重ねてきました。

具体的な取り組みとしては、やさしい言葉やイラストを用いたサイン掲示、開演ベルや照明の暗さを事前に伝えること、照明の明るさや音量の調整、出入り自由の鑑賞スタイル、必要に応じてイヤーマフを用意し貸し出しもしています。客席での鑑賞が難しい場合にはホワイエで鑑賞できるリラックスルームを設置し、できる限り参加者一人ひとりの特性に応じた柔軟な対応を重ねています。

例えば、開演のブザーを鳴らす前に大きな音が出ることや照明が暗くなることを実際に体験しながら練習したり、音声言語よりも文字情報や手話の方が情報を受け取りやすい人もいるということで、手話通訳を導入したり、字幕を出したり。また、劇場のマナーを知ってもらうために、イラストで分かりやすくスクリーンに映し出すなどさまざまな工夫を重ねてきました。

本プログラムは、単に舞台鑑賞することを目的としたものではありません。劇場とはどのような場所なのか、どのようなことが起こる(体験できる)かを、分かりやすく伝え、安心して体験できるようにする「学びと経験のプログラム」として設計されています。

また一度の鑑賞体験でうまくできなくても、「劇場まで来れた」「入場までできた」「途中で出入りしながらも最後まで過ごせた」「自分なりに楽しめた」といった小さな成功体験を積み重ねることも重視してきました。これらの体験が、「次も行ってみたい」という気持ちにつながり、劇場という場所が地域の居場所となるとともに、文化芸術を享受できる機会になっていくと考えています。

一方で、劇場ごとに障害理解や受け入れ体制に差があり、人材の継続的な育成や取り組みを支える仕組みづくりが、現在の課題となっています。こうした課題に向き合うため、近年は全国のさまざまな劇場と連携し、本プログラムを実施しています。

本プログラムは、参加者への支援にとどまらず、地域の劇場職員やアーティストが、障害のある人の文化芸術活動の担い手となるための人材育成の機会としても位置づけています。

劇場側・制作側にとっても、障害のある人の鑑賞体験を支えるための学びや経験を積み重ねていくことが重要となり、こうした取り組みを全国へ広げていく必要性が高まっています。そのために「障害特性と配慮、公演における環境づくり」をテーマにした事前研修と当日は公演スタッフとして参加する実践研修を組み合わせて実施しています。

誰もが安心して劇場を利用するための環境づくりは人材育成の面でも大きな意味を持っています。劇場職員からは、「スタッフ自身にもやりがい、達成感のあるプログラムだと感じた」「参加する方々への向き合い方が変わった」「障害理解が深まった」といった声が聞かれるようになりました。

参加者や家族からは、「初めて劇場に入ることができた」「家族みんなで楽しめる場所だと思った」などの声が寄せられています。こうした積み重ねにより、本プログラムは2025年現在では、全国で延べ12,000人以上の方に参加いただけました。2025年度は、全国7か所で実施します。

誰もが文化芸術にアクセスでき、豊かな生活を送れる社会をつくることにつなげていくために、ビッグ・アイでは、今後もこの劇場体験プログラムを通じて、全国各地の劇場や文化芸術団体と連携しながら基盤づくりに取り組んでいきたいと思っています。