当事者主体の災害準備-当事者とともに考える災害への備え―精神障害のある人の経験から
「新ノーマライゼーション」2026年1月号
一般社団法人精神障害当事者会ポルケ 代表理事
山田悠平(やまだゆうへい)
1.はじめに:災害の中に取り残される声
未曾有の災害といわれた2011年東日本大震災から十余年が経過しました。その後も日本列島では地震や風水害が相次いで発生しています。防災や減災の必要性はその都度叫ばれてきましたが、実際にどこまでの対策が講じられてきたのでしょうか。とりわけ障害のある人に関わる領域では、どのような課題があり、どの程度検証が進められてきたのでしょうか。
筆者は、東日本大震災の際に、通院や通所の移動手段を失った南相馬・相馬地域の精神障害のある人らに対し、車両送迎で“通える”環境を確保した移送支援「さっと」事業の事務局として関わる経験をいただきました。その中で耳にしたのは、精神障害がある人特有の困難でした。発災直後の避難では、自家用車があっても服薬による副作用の眠気やふらつきあるいは体調の波で、運転が安全にできないことがあったり、偏見や差別の問題から避難所を追い出されてしまったりする状況です。その後、仙台防災枠組に障害者の参加が盛り込まれ、災害対策基本法の改正が進められてきましたが、精神障害のある人たちが災害時にどのような困難を経験したのか、具体的に調査・検証された事例は多くありませんでした。
こうした課題意識を背景に、一般社団法人精神障害当事者会ポルケは、精神障害のある被災経験を持つ当事者と支援者へのインタビュー調査を基盤とした災害への備えの社会実装を目的に調査研究を立ち上げました。本稿では、その背景と概要について話題提供します。
2. 当事者主導型研究とは:経験が“知”になる
今回ご紹介する調査研究は、「DIARYプロジェクト(Disability Inclusive Action and disaster risk Reduction surveY)」として、国立精神・神経医療研究センターと協働で2021年より実施しました。最大の特徴は、精神障害のある人たち自身が調査を主導する「当事者主導型研究(user-led research)」の手法です。
近年、医療や福祉の分野では「患者・市民参画型研究(PPI:Patient and Public Involvement)」が広がっています。しかしPPIでは、研究の設計や分析は研究者が担い、当事者は助言者や参加者として位置づけられることが多いのが実状です。一方、当事者主導型研究では、当事者が研究の主体であり、何を問い、どのように調査し、どのように発信するかを自分たちで決めます。研究者は専門性を生かしながらも「伴走者」として協働します。
精神障害のある人たちは長く「研究される側」であり続けてきました。経験や困難は「支援の対象」として語られ、知識や判断を持つのは専門家とされてきました。しかし、障害者権利条約の「私たち抜きに私たちのことを決めないで」の理念に立ち返れば、当事者の経験と視点を中心に据えることこそが、災害時の課題を照らし出す鍵になると考え、このプロジェクトを始めました。
3.調査概要と方法
本研究では、東日本大震災および熊本地震の被災経験を持つ精神障害のある人を対象に、フォーカスグループ形式のインタビューを実施しました。参加者は当事者23名、支援職・行政職員15名、合計38名でした。さらに、精神障害のある人を対象に161名の量的調査も行いました。
インタビューはグループ形式で行い、5つのテーマを設定しました:1.災害時に感じた困難、2.実際に受けた支援、3.災害前に行っていた防災対策、4.災害後に変化した備え、5.今後への希望と課題。当事者グループのインタビューでは、被災支援の経験を持つ精神障害のある当事者と精神保健領域の研究者がペアでファシリテーターを務めました。調査設計の段階から「どうすれば話しやすいか」「どのような質問で尋ねるべきか」を丁寧に検討しインタビューガイドにまとめ、参加しやすい環境を整えました。また、支援職・行政職へのインタビューでは、避難所や福祉避難所の運営、訪問支援、医療支援に携わった実践者の声を集め「支援する側から見た困難」について分析を試みました。
なお、この知見をもとに制作した防災ワークショップを行うための映像資料の提供を広く行っています。
表 当事者主導型研究比較表
| 項目 | 当事者主導型研究 | 患者市民参画型研究 |
|---|---|---|
| 当事者の役割 | 研究デザインの決定、データ収集・分析、発表までを担う | 研究の企画段階やデータの解釈に関与し、意見を提供 |
| 研究の主体 | 当事者が自ら研究を企画・実施 | 研究者が主体となり、患者・市民が研究に協力・助言 |
| 研究の実施体制 | 当事者が主導し、専門家がサポートすることが多い | 研究者が主導し、患者・市民はアドバイザーや共同研究者として関与 |
| 研究の資金 | 当事者が主導し、外部団体への助成申請等を行う | 研究者が研究機関などの予算から資金を確保する |
| 研究の意義 | 当事者のエンパワーメント、実際の課題に即した研究の推進 | 研究の実用性向上、患者や市民の視点を反映した研究の実施 |
| 研究の目的 | 当事者自身が関心のある問題を解決する | 研究者が実施する研究の質や実用性を高める |
| 研究の方向性 | 当事者の視点に基づき、自らの生活や社会課題に直結した研究 | 研究者の視点を基盤としつつ、患者・市民の視点を取り入れる |
4. 被災時に精神障害のある人が直面する困難
災害が起きると、障害の有無にかかわらず多くの人が生活基盤を失いますが、精神障害のある人にとっては、日頃から服薬や通院、福祉サービスに支えられている状況が途絶えることは深刻な影響をもたらします。実際、避難生活の中で「幻聴などの症状がひどくなった」「夜も不安で眠れなかった」と語る人がいました。特に多く語られるのは服薬の問題です。被災により通院ができず処方が途絶え、薬が切れる不安を経験した人や自己判断による服薬調整を余儀なくされた人もいました。
また、生活物資と環境の制約も大きな負担となりました。副作用で強い口渇があるために「配布物資の水分だけでは足りなかった」との声が多く寄せられました。「水がなくて薬が服用できなかった」というコメントは、その切迫感を物語っています。食事については、発達障害特有のこだわりから「食べられる非常食が限られていた」という声もありました。
感覚過敏のためにプライバシーへの配慮がない避難所の環境を避けざるを得ず、自宅にとどまり避難そのものを諦めたりした人もいました。中には、避難生活のストレスが家族関係の悪化を招き、自傷行為に至った人もいました。「家族も被災によりストレスを抱えていたと思うが、普段以上に一緒にいる時間が多く、しんどいやり取りから自分を傷つけてしまった」という声は、筆者にとっても印象に残るエピソードのひとつです。
支援者もまた、さまざまなジレンマを抱えていました。「見た目が元気だから大丈夫だろう」として外部からの支援が後回しにされたり、「説明しても分からない」という思い込みから配給の手順や消灯後の静粛などのルールを「守れないはずだ」と決めつけられ、支援の工夫より先に後回しや排除につながったりする場面があったといいます。
5.まとめ
この研究結果は、精神障害のある人が災害時に直面する困難が、単なる物資不足や医療途絶にとどまらず、社会の偏見とも結びついていることを示しました。見えにくく説明しづらい障害だからこそ支援が遅れる現状は、災害時の最大のリスクの一つといえます。そして同時に、平時から制度や社会全体で準備を進めることが不可欠であることを改めて示しています。平時から困難を可視化するだけでなく、被災時に得た有効な支援方法を社会にどう還元していくかが重要になります。当事者が自らの経験をもとに発信し、地域や行政、専門職と協働していく実践こそが、災害時に誰一人取り残されない社会を実現するための鍵になると考えています。
【参考】
1.【活動報告】インクルーシブ防災に関する研究調査と社会実装に向けた「DIARYプロジェクト」報告書.2025
https://porque.tokyo/2025/04/22/diaryreport/
2.心のバリアフリー研修会(オンライン),戸山サンライズ,日程:2026.2.28
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DIARYプロジェクト報告書
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心のバリアフリー研修会(日程:2026年2月28日)開催要項