高等部3年(肢体不自由、構音障害、中途難聴、知的障害)生徒への指導
奈良県立明日香養護学校 高等部 村瀬 直樹 教諭
(1)本人の現況
高等部3年生(2015年度現在)のAくんは、肢体不自由があり不随意運動が原因でゆっくり行動する傾向にある。また、構音障害、中度難聴、知的障害があるので、聞いたことを理解し、思ったことを言葉にして発言するまでに時間がかかる。小学校中学年程度の漢字を読むことができる。筆記は、不随意運動で字形がゆがむうえに時間がかかる。以上の理由で、高等部入学当初は、学校生活やまわりの学習ペースにあわせることが難しく、受け身的で消極的であった。また、そのことでストレスをため、気持ちが不安定になることがあった。
しかし、Aくんは、会話やスポーツ、本を読むことが大好きである。特にプロレスに興味をもっており、週刊誌を買って読んでいるが、ひらがなと小学校中学年程度の漢字だけを読むので、内容を理解することが難しく困っていた。
Aくんは、プロレスの雑誌をもっと読みたいという願いをあり、高等部2年生の2学期から、自立活動の時間に本に書かれている内容が理解できる方法を探し始めた。
(2)使用する機器(支援機器)の名称と特徴
①パソコン
再生ソフト「EasyReader Express」など
②iPad(10インチ)
(3)個別の指導計画と個別の教育支援計画
主体的に活動できる環境を整え、自己肯定感を育てる取組を学校生活全般で行った。その一つとして、Aくんがもっている能力を使い雑誌を読むことができる方法を身につけることを目標にし、自立活動の時間に取り組んだ。
(4)指導の内容
いつでもどこでも読めるように考え、10インチのタブレットPCを使用してマルチメディアデイジー図書などの電子書籍を音声で読み上げさせた。使用したタブレットPCの大きさだと手首を置く位置が定まらず、手指がうまく動かせず使いづらいことがわかった。一時停止など操作したいときに、気持ちが焦り目的の場所を正確にタップできなかった。
そこで、デスクトップパソコンを使いマルチメディアデイジー図書を読むようにした。慣れているキーボードやマウスなどを使用したので、操作が楽になり、集中して読むことができた。内容もほぼ理解することができていた。理解が難しい言葉については説明した。
繰り返しマルチメディアデイジー図書を使用すると、自分にあった読み方が文字を見ながら音声の読み上げを聞くことだということを理解することができた。難聴による不鮮明な耳からの情報を、文字を見ることで補い、漢字が読めないことを音声が補って読書ができたと考えられる。
しかし、マルチメディアデイジー図書を使用した読書は、読みたい本が見つからず、あまり興味を示さなくなった。
一方で、Aくんは、家庭に帰ってからプロレス雑誌の記事をスマートホンに文字入力し、音声読み上げを繰り返し聞いて楽しむようになった。読めない漢字は、母親に読み方を聞いて入力していた。入力した記事や写真を見ながら音声読み上げを聞く方法は、マルチメディアデイジー図書の機能をAくんなりに試行錯誤して再現したものであった。音声読み上げは、人に聞かせるために使用するようにもなった。これらの方法は、2年生3学期から始め、3年生3学期現在でも余暇活動として継続している。
高等部入学当初から、学級の教員とEメールでやりとりをしているが、3年生になる頃には、内容や文章の構成がわかりやすく整ったものになった。放課後等デイサービスの連絡帳の写真や文を見て、その日にあったことを思い出しながら文章を作成し、入力していた。Aくんに尋ねると、写真と文字があると言いたいことを思い出してまとめやすいことに気づき、この方法を考え出したと教えてくれた。
Aくんは、読書する方法を考え出したことで自信がうまれ、積極的に学校生活にかかわるようになった。
(5)効果
マルチメディアデイジー図書を使用し、自分の特性を理解してどのようにすれば読書しやすいか学習した。その結果、音声読み上げと文字の組み合わせが自分にあっていることを理解し、実生活に活かすことができた。
マルチメディアデイジー図書に読みたいものがない場合、どのようにすれば解決するか様々な方法が考えられる。そのうち、Aくんがおかれた環境のなかで最善の方法をAくん自身で考えることができた。普段から主体的に活動できるよう環境を整えたり、支援したりしたことが土台となり、シンプルでわかりやすいマルチメディアデイジー図書を使用して学習することで、達成されたと考えられる。
波及効果として、自己肯定感が低かったAくんが自信をもち、積極的に様々な活動に参加するようになった。書くことによって気持ちが伝わることがわかり、文章を書くことに興味をもつようになり、Eメールや作文での文章表現が豊かになった。結果、安定した気持ちで日々を過ごせるようになった。
Aくんは、母親ともEメールでやりとりをしているが、3年生の2学期に、初めて母親に「ありがとう」という言葉を送った。会話では伝えたことがなかったので、保護者の方も喜ばれ、視覚的に伝える大切さを実感されていた。
(6)今後の課題
卒業後の進路先と連携し、身につけた力を活かしてコミュニケーションがとれるように中度難聴や肢体不自由に関する理解を深める引継を行いたい。Aくん自身についても自分のことについて説明と必要な支援を求めることができるように、さらに自己理解をはかっていきたい。
教員にとってマルチメディアデイジー図書は、シンプルなので教科学習だけではなく、自立活動の指導や余暇活動としての読書支援、マニュアルなど様々な目的で使用することができる。柔軟に生徒の要望や成長にあわせて、マルチメディアデイジー図書のよさを活かした指導や支援にあたっていきたい。