カンボジアの障害者に関する法律と制度 ― カンボジアにおけるここ数年間の障害者団体の動き

ウェン ・ルウット(Wen Rouet)
ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業 第22期生)
(翻訳:小杉 弘子)

1.はじめに

惨劇と壊滅的な状況が連続したため、カンボジアは世界で最も障害者の割合が高い国になりました。1975年から1979年にかけてのクメール・ルージュによる政権は、総人口がわずか700万人の国民のうち約300万人のカンボジア人を虐殺しました。その結果生じた紛争と貧困のため、多くの国民が少なくとも一種類の障害を抱えて生きています。

そうした状況にもかかわらず、カンボジアには、障害者の権利を規定する法律はごく僅かです。「障害者権利条約」(以下、「条約」)との比較からも明らかなように、全体として、現在のカンボジアの障害者の権利保障のパラダイムは極めて不十分です。条約に規定された人権についての義務に照らし合わせると、今のカンボジアの政策は、障害者に十分な保障を提供できておらず、また障害者を差別的に取扱っています。

しかしながら、カンボジアは障害者の権利を優先し、短期的・長期的な目標を掲げていますので、障害者の権利については前進しています。カンボジアは条約に署名し、国際社会に障害者の権利を尊重していることを示しました。最も重要なことは、制定には至らないものの、総合的障害者法が起草され立法府に提出されたことです。

障害者権利条約は、カンボジアの障害者法改善に向けた取組みにあたり重要なツールになるでしょう。障害者の人権保護のあり方について具体的な指針を示す国際基準ができたことで、各国は自国の障害者権利保障のパラダイムを評価するために条約を活用できます。本稿では、条約の基準を用い、カンボジアの現在の障害者の権利と障害者法案を評価し、また、カンボジアの現行制度は不十分であり、法的に障害者の人権を保障するためには、障害者法案を修正し制定すべきであると論じます。

2.カンボジアの高い障害発生率により障害者の権利保障は重要課題

国民の多数が少なくとも一種類の障害を抱えているので、苦境にあるカンボジアで障害者の権利の保障は極めて重要です。多くの国民が必要としていながら、カンボジア政府は、障害に関連する社会的偏見や固定観念に対処する総合的な法律を制定してこなかった結果、人権侵害が頻発しています。

A.カンボジアは身体障害と精神障害の発生率が世界で最も高い国のひとつ

カンボジアの総人口には非常に多くの障害者が含まれています。障害者数は、65万人(人口の4.7%)から140万人(人口の15%)といわれています。懸念されるのは、カンボジアの子どもの推定21%が一種類以上の障害を抱えていることで、これは障害者人口が将来的に増加することを示しています。従来の障害の発生原因に加え、カンボジアでは戦争と貧困という2つの要因が障害者の発生率を高めています。

戦争や紛争のため、10人のうち1人以上のカンボジア人が障害を負うことになりました。1974年から1993年にかけて、内戦と外国の占領が引き起こした暴力・紛争はカンボジア人の日常でした。紛争中に広範囲に埋められた地雷で負傷する人は、現在も毎月約80人に上ります。地雷による負傷が原因で障害を負ったカンボジア人は4万人から5万人に上ると推定されています。暴力とそれに伴う状況(飢餓の脅威、拷問、友人や家族の死)により、多くのカンボジア人が、心的外傷後ストレス障害からうつ病に至るまで、精神的を病んでいます。国民が惨劇の日々を再認識している現在、今後行われるクメール・ルージュの裁判によって、うつ病や心的外傷後ストレス障害の発症率が高まる可能性があります。

貧困がカンボジア人の苦境をさらに悪化させています。カンボジアは世界の後発開発途上国のひとつであり、国の経済の低迷の結果、人口の36%が貧困にあえいでいます。貧困は障害の主な原因であり結果でもあります。カンボジア経済が苦境にある限り、低生活水準によって障害人口の増加が継続すると予想されています。多くの国民が障害という偏見と機能障害による活動制限に苦しんでいる状況を踏まえ、カンボジアは障害者の権利保障・促進する総合的な法的枠組みを整備する必要があります。

B.カンボジアの障害者は、社会的障壁と法の欠如による人権侵害に直面

あらゆる集団の中で障害者は最も疎外された存在であり、他集団に比べ不均衡なほど貧困や人権侵害にさらされる状況は、カンボジアでも同様です。カンボジア社会では障害者は偏見の対象になり無視されています。障害者を受入れようとしない社会的な風潮が、障害者への法的・社会的支援提供のための政府の取組みの遅れに関係しています。その結果、法的・立法的な空白が生じ、障害者は人権侵害されても保護も救済も得られないのです。

障害を表現する言葉や実際の事例データを見ると、障害者は劣等者、弱者、愚か者として扱われています。例えば、「アコール」は「間抜け」という意味もあり、これらの蔑称は非公式にも公式な出版物でも使われています。障害者は地域から敬遠され追放されることが多く、障害者を雇いたがらない雇用主が多くいるため、その結果として多くの障害者は困窮した生活を送っています。

同時に、「障害者の主流化に関する国民の認識や市民教育キャンペーンは、ほとんど存在しない」ことから、認識不足によってカンボジアには障害に関する多くの迷信や誤解が根強く残っています。こうした誤解は、カンボジアでの障害者の受止め方に影響を及ぼしています。国には仏教徒が多いため、多くのカンボジア人は人の過去の行為が原因で障害がある、つまり過去の罪だけが現在の障害の状態につながると信じていますので、この信念を持つ人は障害者に対する同情や思いやりが少なくなります。別の伝統的信仰では、精神障害は怒りの精霊や先祖の仕業とされ、病気を治すには医療ではなく、霊を称える薬草療法や儀式が必要だと考えられています。

障害者人口が多く、障害を持った国民を否定する社会を内包する国では、障害者の人権に特化した法律で対応することが極めて重要です。しかし、カンボジアはそのような法律がないばかりか、一般法でも十分に人権保障ができません。権利条約の基準に照らし、カンボジアの障害者の権利保障のパラダイムは全体的に不十分であることは明白です。

3.優れた実践

A.テレビ番組への手話通訳の導入

かつてカンボジアのろう者と難聴者の多くは、公共情報にアクセスできる機会が限られていました。現在では、一部のテレビ番組で手話通訳が入るようになり、情報に接する機会が増えています。

現在カンボジアで放送されている10のテレビチャンネルのうち2つ(カンボジア国営テレビとバイヨンテレビ)が、全国放送の一部の番組で手話通訳を提供しています。

国営テレビは2006年1月、カンボジア情報省から障害者(特にろう者)に利用しやすい情報を提供するよう通達を受け、手話通訳付きの放送を開始しました。毎週のニュース番組と年末のニュース要約は手話通訳付きで放送されています。さらに、国政選挙報道、時事問題や懸念事項に関する座談会などのスポンサー付きの放送にも手話通訳が付いています。

バイヨンテレビは、2008年初頭から番組の一部に手話通訳を付けています。政府やNGOの活動に関するニュースや特別イベントの一部についてで、平日と土曜日は1日4回、日曜日は1日2回手話付きの番組を放送しています。国営テレビとバイヨンテレビは、テレビ番組向け手話通訳を専門としている団体のろう者プログラム開発(Deaf Development Program)とKrousar Thmeyと協働しています。

B.ろう者向けの手話研修

過去10年間、カンボジアでろう者の課題に取組む2つの主要な団体(Krousar Thmeyとろう者プログラム開発)は、ろう者のための手話訓練をつくるために緊密に協力してきました。このような協力が始まる前、カンボジアのろう者を取り巻く状況は今とは異なっていました。つまり、カンボジアには手話を訓練する機会がなかったため、ろう者は家族や地域の人とコミュニケーションをとることが容易ではありませんでした。ろう者と健聴者は、即興の身振り手振りでしかコミュニケーションをとることができませんでした。ろう者の社会生活は制限され、差別や虐待を受けることも多くありました。

2つの団体による基礎的な手話訓練によって、ろう者は自尊心を高めることでき、新しいことを学び、ネットのSNSを通じて社会に参加することで社会生活はより豊かになりました。

C.視覚障害者が選挙で投票するための投票用紙のテンプレート

2006年以前の入手可能なデータによると、カンボジア人口の約1,400万人うち、0.38%にあたる53,200人が視覚障害を有していました。しかし、国政選挙で登録・投票できた視覚障害者は188人と推定されています。

カンボジア障害者団体(CDPO)は、2006年に障害と選挙ワーキンググループ(DEW)を立上げました。複数の州にある障害者団体(DPO)と協力し、CDPOは国レベルでも地方レベルでも、国内の選挙への障害者の積極的な参加を推進しました。

まず、多様な障害を持つ人々が投票に際して様々な課題を抱えていることを考慮し、DEWが選挙ガイドラインを作成しました。カンボジアの国家選挙委員会(NEC)は、DEWの代表者と毎月会合を持ち、問題点、懸念事項、潜在的な解決策について協議することに合意しました。

D.障害者のための言語情報へのアクセス支援

カンボジアには、戦争の犠牲となり障害を負った人が多数います。障害者、特に農村部の障害者は、そのほとんどが家に閉じこもり、情報へのアクセスは限られているか、まったくない状態でした。

2008年、シェムリアップ州では、ハンディキャップ・インターナショナル・カンボジアや他の協力団体の支援を受け、自助グループが設立されました。ネットワークづくりや地域住民に公共の情報を届けるスキルに関する研修を実施し、障害者のリーダーが動員されました。

カンボジアの農村では、障害の有無にかかわらず、テレビ、ラジオ、インターネット、電話を持っている人はいませんでしたので、新設の自助グループによって多くの障害者が情報にアクセスしやすくなりました。

「私は家族や社会から見放されていました」とシェムリアップ州に住む、視覚障害者のリン・ザンさんは述べました。「落ち込んでいた私でしたが、自助グループに入ってからは、満足しています。自分の知識を広げ、周りの人から学ぶことができました。地域の人たちは私を尊重して応援してくれるようになりました。保健センターで障害者が無料で医療を受けられることも知りました。自助グループや村のリーダーからこのような情報をもらえるのは嬉しいことです。」

「私は、人前では馬鹿にされ、他人から無視されていましたが、自助グループに入ってから、多くの障害者が社会活動に参加して意識を高めていることを知りました。自助グループのおかげで、障害者の権利についてより深く知ることができました。多くの人が私を1人の人間として尊重してくれるので、差別を感じることはなくなりました」とシェムリアップ州の発話障害があるペン・ヨーンさんは語りました。

E.利用しやすい情報・教育・コミュニケーション資料(IEC)の推進

数年前まで、すべての人が利用できる情報、教育、コミュニケーション(IEC)のための教材はありませんでした。そのため、聴覚障害や視覚障害を含む多くの障害者は、能力開発に必要な総合的情報を入手できませんでした。

情報が紙に記載されて提供されても、視覚障害者は読むことができませんでした。一方、聴覚障害者は、言葉によるコミュニケーションでは内容を理解することが困難です。IEC教材に様々な懸念を抱く多様な障害のある人々がいる一方で、IEC教材に支障がないことを当然と思っている障害のない人もいるかもしれません。

視覚的なイラストや図面、図表、手話通訳、点字、その他の補助教材など、アクセシブルなIEC資料の検討し提供することは、障害の有無にかかわらず誰にとっても重要です。

アクセシブルなIEC資料が、多様な障害を持つ人々、特に地方に住む人々のどれだけ助けになるかを知っている人は多くはいません。わかりやすい絵や図表は、多様な障害者、特に障害児の関心を引くことができます。同様に、点字や音声による資料は、視覚障害者が自分の周りで起こっていることを理解するのに役立ちます。

ハンディキャップ・インターナショナル・カンボジアが2009年に実施した調査によると、障害者、特に視覚・聴覚障害者や知的障害者の情報へのアクセスは限られていたことがわかりました。カンボジアでは、IEC教材へのアクセスを支援するための取組みが積極的に行われています。

F.スロープ、黄色の線、ユニバーサル・トイレ

障害者のための環境改善への取組みとして、政府は全公共施設にスロープと移動のための標識の設置を指示する方針であると発表しました。

プノンペンでの障害者政策発表の席上、障害者行動協議会の事務局を務めるエム・チャン・マカラ氏は、政府は来月、国や民間のすべての機関にそうした移動円滑化設備の導入を呼びかける発表を行うと述べました。

「まず、すべての公共の場所に障害者向けの標識を設置してほしい。第一に、(障害者への)励ましとなり、第二に、障害者が優先されていることを示すことになります。」と、同氏は語りました。「重要なのは、ホテル、ゲストハウス、娯楽施設、公共施設の所有者に、(標識やスロープを導入する)義務を認識させることです。」

車椅子のピック・サロウンさん(49歳)は、この動きを歓迎しました。

「ほとんどの場合、私は自分の体を引きずって立ち上がらなければなりません。バス停でさえ、体を引きずって上がらなければならず、服が破れてしまいそうです。障害者用の設備がないのです。」

車椅子でも利用しやすいユニバーサル・トイレや、目の不自由な人全員を対象とした黄色い線の整備が議論され、提案されています。

しかしながら、カンボジア障害者団体の理事であるニン・サオロス氏氏は、この提案についてあまり楽観的ではありませんでした。

結論

カンボジアの障害者は、カンボジア政府の支援を必要としています。インクルージョンと人権保障の模範を示すことによってのみ、政府は障害者に対する否定的な固定観念を変えるきっかけを作ることができるのです。さらに、多数のカンボジア人障害者のために新たな法的規定が必要です。そのような法律が直ちにすべての侵害に対処するものでなくても、それがあって初めて障害者は人権侵害と闘うことができるのです。カンボジアは、障害者に対する権利条約の規定する最小限の保障を定めた障害者法を制定する必要があり、この法律案の審議はそのための絶好の機会です。

参考文献

  • The Phnom Penh Post, (27 October 2015). Ramp plan for public areas gets gov’t push.
  • https://www.phnompenhpost.com/national/ramp-plan-public-areas-gets-govt-push
  • UNICEF Cambodia, (JULY 2014). Local Governance and Child Rights by Sheree Bailey AM and Sophak Kanika Nguon
  • https://www.dfat.gov.au/sites/default/files/cambodia-disability-inclusive-governance-community-development-sit-analysis.pdf
  • International Labor Organization (October 2009)
  • https://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/@ed_emp/@ifp_skills/documents/publication/wcms_115096.pdf
  • Convention on the Rights of Persons with Disabilities Advocacy for Government Action Program Cambodia, Lao PDR and Thailand, Asia-Pacific Development. OECD Development Pathways Social Protection System Review of Cambodia
  • https://story.apcdfoundation.org/?q=system/files/MIW_ReadablePDF.pdf
  • (February 2021), Situational Analysis on the Rights of Persons with Disabilities in Cambodia, FULL REPORT,
  • https://unprpd.org
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