NPO 支援技術開発機構 研究顧問、長野保健医療大学 特任教授
北村弥生
本稿では、リハビリテーション世界会議2024(World Congress on Rehabilitation 2024)の印象と筆者が発表した2つの講演のうちの一つをお伝えします。もう一つの発表については、JANNETメールマガジン2024年12月号に紹介します。
まず、アラブ首長国連合では、障害者をPeople of Determination(POD)と呼ぶことになったことは、すでに日本でも伝えられていましたが(寺島,2020)、アラブ首長国連合の発表者が使用していただけでなく、トイレでも空港でも、その表記がされていました。図1はコンビニエンス・ストアのトイレの扉の表記です。セッション1aでは、ドバイ保健局から「意味としては、この言葉は、障害者の限界ではなく、その能力と可能性を強調し、前向きで力を与える視点を反映している」と説明されていました。
パラレルセッション1bでは、座長のJoseph Kwokさんから日本障害者リハビリテーション協会に日本からの演者を求められたことで、私が参加させていただきました。幅広い枠組みで、5つの発表があり、私以外は全員が中国由来の発表者でした。このセッションの発表者は、皆さん、流ちょうな英語を話していらっしゃったことも印象的でした。残念ながら、私以外は時間を超過して発表し情報交換にとどまりました。3つは医学系で、最初は、中国の急速な高齢化への対応が必要だという問題提起。二番目は、体幹保持のロボット装具の活用報告。三番目は、「脳性麻痺で歩けない子どもにボツリヌス毒素の注射を家族のタイミングに応じて継続的に行うと補助付きで歩ける期間ができる」というものでした。ボツリヌス毒素の注射をアメリカで保険適応外で実施した経験は、天畠大輔参議院議員が受傷直後に行ったことを聞いたことを思い出し、中国では多様な追試していることを知りました。天畠議員は長期継続できないことから、生活の方法を変える戦略に切り替えたことを社会モデルの活用と紹介していました。四番目は、社会科学系で雇用維持のための意思決定支援についての経験が発表されました。私は、ヘルパー・コーディネータの市川裕美さん(STEPえどがわの)と一緒に、自主的な集団での遠隔避難訓練の実践を紹介しました。概要を次節で紹介します。詳しくは、新ノーマライゼーション誌(2024. 5,7,11月号)に分割して掲載しています。
STEPえどがわは、0m地帯の江戸川区にある自立生活センターで、約50名の利用者にヘルパー派遣を行っています。周辺5区の多くが浸水し、10mで2週間水が引かないところも想定されているため、区外に各自が避難することが推奨されています。そこで、市川さんは、「事業所として、利用者・利用者の家族・ヘルパー・ヘルパーの家族を含めた集団で広域避難をすること」を準備しています。重度障害者にとって、介助に慣れたヘルパーの確保は安定した生活を送るための必須条件だからです。また、ヘルパーとその家族も避難の必要があるため、一緒に避難することが事業所の継続としても合理的だと考えました。その実現のための3回の試行を紹介しました。
2019年10月の東日本台風では3名のスタッフしか事前避難をしませんでしたが、その時の予報・勧告のタイムラインに沿って、同年12月に清里(山梨県)のバリアフリーペンションにスタッフを中心とした12名で移動しました。このペンションは、STEPえどがわの職員が以前に利用した経験があり、様子がわかっていることが選択した理由でした。リゾート地ですので、他にも受け入れ可能な宿泊施設があると予想されました。移動手段として特急電車と事業所の車の2つを試行した結果、電車での移動の困難が示されました。指定席の予約に前日に2時間かかり、当日も窓口に並ぶ必要がありました。列車一便に車いすスペースは、バリアフリートイレがある車両に2個しかなく、2台の車いすが入ると車内販売のワゴンが通れないので、ワゴンが来るときには車いすは移動しなければなりませんでした(図2)。この時の経験は、その後、新幹線での車いすスペース改善の根拠となりました。乗換駅でのエレベータには車いす2台は同時に入らず、到着駅は夕方5時以降は無人駅になるため車両の段差解消スロープを設置する人がいなくなりました。
2022年の試行では、同じ地域の廃校になった小学校に、バスを2台チャーターして総勢42名で移動しました。人工呼吸器を装着したALS患者もいました。事業所が避難地の業者に布団をレンタルし、食事の手配もしました。避難場所の設営は、避難場所に近い大学の教員を介して学生の協力を得ました。メリットは、3点でした。①介助者の確保、②介助者家族も同行するため介助者が安心して業務に当たれること、③実際に経験することで、イメージが湧き対策も考えて、利用者は準備に積極性が出たこと。
一方、デメリットもはっきりしました。第一に、集団避難に参加するかどうかの調整は訓練だからこそできたことで、気象庁の会見があってから台風上陸の12時間前の出発としても、4日間では集団避難の手配は難しいと考えられました。第二に、バス、寝具、食事の調整に係る経費は90万円で助成金45万円と一人1万円の参加費で充当しましたが、毎年の訓練は、経費も時間も事業所には負担が大きすぎました。また、リフト付きバスに乗れる車いすは4台に限られました。第三に、ヘルパーの勤務時間は制度上の限度があり、避難の準備・移動にかかる業務をカバーできませんでした。
2023年には、事業所に隣接する自治体の高台にある大学の地域連携のための会議室を借用しました。全体で72名の参加を得て、宿泊利用者は11名、日帰り利用者は8名でした。人工呼吸器を装着したALS患者は2名が参加しました。この訓練では、寝具・食事・往復の移動は各自に任せたため事業所の負担は減りました。また、参加者による準備意識は向上し、前回の失敗を改善したという報告も聞かれました。各自で持ち寄った寝具等を比較することもできました。
しかし、課題も4つ残っています。第一は、避難者各自の負担が増えたことです。第二は、この場所を災害時の避難に使えるという確証はなく避難場所を確保しなければいけないことです。江東五区は東京都と国立オリンピック記念青少年総合センターを遠隔避難の避難所の協定を結び、公的な福祉施設とも協定を締結中ですが、それぞれでの訓練を行うことは次の課題です。近隣自治体の公的機関だけでなく民間機関と事業所が個別に協定を結ぶ案もありますが、事業所が立地する自治体との連携が必要と指摘されています。第三の課題は、訓練参加者を増やすことです。2023年の訓練に参加した利用者は事業所全体の2割にとどまりました。第四の課題は、利用者と近隣との関係性を構築することです。事前避難であっても、準備と移動は通常のヘルパーでは時間的に賄えないことが明らかになり、近隣居住者に困難を伝えて無理のない範囲での協力を得ることの必要性が示されたからです。
寺島彰. [アラブ首長国連邦]「障害者」の用語を「決意ある人びと」に変更. リハ協ブログ2020年1月22日
図1 コンビニエンス・ストアのトイレのドアの表記(ドバイ市郊外)
図2 特急電車内の指定場所に 車椅子が二台入ると 車内販売のワゴンが 通れなくなる (写真提供 STEPえどがわ)