社会福祉法人北摂杉の子会 地域生活支援部 統括部長
平野貴久(ひらのたかひさ)
支援が難しいといわれている強度行動障害の人たちが暮らしている障害者グループホーム「レジデンスなさはら」について紹介します。
レジデンスなさはらは、大阪府高槻市北西部丘陵地に位置し、3棟の建物に男性13名、女性7名の計20名の皆さんが暮らしておられます。平成24年4月に開設し12年目を迎えています。20名の平均年齢42歳、平均障害支援区分5.9、平均行動援護点数19点となっています。
どれだけ重い障害があっても、その人らしい『地域での豊かな暮らし』をテーマにさまざまな工夫を詰め込んだグループホームとなります。
当法人は『地域に生きる』の理念のもと、1999年4月入所施設「萩の杜」を開設しました。萩の杜は『職住分離』という支援方針から、暮らしは施設ですが、施設から離れた街中の作業場で日中活動を行いました。2001年には『職住分離』をさらに推進する目的で高槻市内に分場を開設し、萩の杜のご利用者だけでなく、地域で暮らしている方にもご利用いただきました。地域からのご利用者の大半の方も重い知的障害のある方や強度行動障害の方々でした。
作業場の開設から数年が経過し、通所ご利用者が35名を超えた頃、通所されているご利用者の家族から「将来の暮らしの場」のニーズが沸き起こり、「グループホーム希望者の会」が発足しました。希望者の会と法人が一緒になって勉強会を重ねる等、密な意見交換を行い、2012年4月に待望のレジデンスなさはらが開設しました。
レジデンスなさはらの一番の特徴は、開設前に入居される方が決っていたこともあり、おひとりおひとりに合わせてオーダーメイドの居室を造ったことです。開設時すでに特性に合った環境やご利用者同士の動線の配慮など、合理的配慮のある住環境を提供することができました。人の動きや刺激に過敏な方々ですので、可能な限りご利用者同士の接触が軽減されるよう、トイレや洗面所を数多く設置し、配置を考慮することで「動線」を分けました。また聴覚過敏の方には防音加工された居室、視覚過敏の方には廊下にあえて死角を作る等々の工夫を行いました。その結果在宅からグループホームへの移行は大きな変化だったにもかかわらず、ほぼ全員が入居前より安定した暮らしにつながりました。
しかし、数年が経過すると、新たなこだわりや課題が出てこられる方もありました。その度に、柔軟に支援を変更することや、改修を重ねる等の環境調整を行いました。現在では、最も人の刺激に過敏な方の建物については、間仕切りを設置する等で個別化し、一人暮らしに近い環境を整備しており、人刺激に過敏な方の安定した暮らしにつながっています。
開設前、強度行動障害の方こそ、入所施設よりもグループホームのほうが環境的にマッチするのではないかと感覚的に考えていたことが確信に変わり、現在では、強度行動障害の方こそ、支援がしっかり届く「一人暮らし」の環境が望ましいことをご利用者から教えていただきました。
開設当時のグループホーム(当時ケアホーム)は「中軽度の障害のある方が地域で支援を受けて暮らす場」という制度のたてつけからのスタートでしたので、強度行動障害の方々の支援には高い専門性や多くのマンパワーが必要にもかかわらず、対応する職員の主戦力は「非常勤スタッフ」という現実がありました。24時間365日の支援において「対応の統一」は必須となります。しかし価値観の違う多くの非常勤スタッフに特性を理解いただき、対応の統一につなげることは容易なことではありませんでした。対応がバラバラなため、ご利用者が不調になられ、支援に苦慮する場面からバーンアウトに陥り、スタッフ離職されるなど、厳しい現実を経験しました。
対応の統一や人材の定着を目指し、あらためて課題を抽出することから始めました。アセスメント力のある常勤職員が中心となって支援の組み立てを行い、支援に必要な情報がすべての職員に行き届く工夫を行いました。ミーティングも月1回の開催から毎週開催に変更しました。毎週に変更したことで、ご利用者の変化に早期に対応できるようになったことや、徐々に「対応の統一」が可能となりました。それに伴いご利用者が安定して過ごされるようになり、成功体験となって良い循環を生みました。同時にメンタルサポート等にも取り組むことで、現在では離職は大きく改善し、頼もしいスタッフばかりがそろっています。
ご利用者にも良い変化があらわれ、以前は困難だった「社会参加」が実現可能となり、余暇を楽しまれている姿が見られるなど、地域での豊かな暮らしに近づいていることを実感しています。
開設当初は行動障害が課題となっていましたが、ご利用者の平均年齢が40歳を迎える頃から、「高齢化」が顕著になってきました。例えば風邪をひいただけで肺炎のリスクが高まったことや、耳鼻科、皮膚科、女性利用者は婦人科の受診が必要になる等が増えてきました。コロナ禍においても、感染リスクも高い方々ですので、徹底した感染症対策や対応が求められたことや、日常の心身の変化への気づき、高齢化への知識、介助技術等も問われるようになり、ご利用者像の変化に応じた柔軟な意識の変更や対応が求められました。
しかし、ご高齢になることは、必ずしもマイナスばかりではありません。以前は行動障害が著しく、社会参加が困難だったご利用者が年齢を重ねることでそれなりに落ち着かれ、車いすでの生活に変化されたことで、以前は叶わなかった外食が可能になるなど、「豊かな老いを考える」ことも私たちの大切なテーマだと考えています。
2022年9月の障害者権利条約の権利委員による総括所見では「誰とどこで暮らしたいのか」についての意思の尊重があげられており、暮らしのあり方やそれをサポートする支援のあり方が問われています。レジデンスなさはらのご利用者には、ご自身の「意思」で暮らしを開始された方は誰ひとりおられません。ただ、合理的配慮のある環境を整備したことや、特性に合わせた個別支援を行ったこと、意思を考える支援を行ったことで、以前は難しかった社会参加が可能となった方が多くおられます。しかし、ご利用者個々の意思や意向を尊重した暮らしをどれだけ追求できるかが求められている昨今、まだまだ取り組めることはあるように思っています。
支援が難しいといわれている強度行動障害の人たちの暮らしの支援に必要なこととして、高い人権意識のもと、専門性をもったスタッフを中心に「環境調整」「対応の統一」「意思の尊重」等がキーワードと考えます。それを実現できるチームをマネジメントすることは決して容易なことではありません。しかし、ご利用者からさまざまなことを学び、ご利用者の魅力に触れられるなど、こんなに素敵で創造的な仕事はなかなかないことを実感しています。
これから強度行動障害のある人のグループホーム開設を検討されている皆様、そのチャレンジに心からエールを送りたいと思います!