当事者主体の災害準備-浦河べてるの家の津波避難訓練

「新ノーマライゼーション」2024年3月号

NPO法人支援技術開発機構
北村弥生・河村宏(きたむらやよい・かわむらひろし)

連載の趣旨:障害当事者主体の災害準備

障害者は災害時に、健常者よりも多様で大きな被害を受けることが知られています。国はいろいろな施策を講じてきましたが、課題は山積しています。その理由は、1.障害特性にあわせて整備した環境損失への対策には定型がないこと、2.支援者の業務が過密で災害準備をする余裕がないこと、3.サービスを利用していない障害者や多様なサービスを併用している障害者では支援者による主導が難しいこと、4.障害者に災害と準備の情報が理解できる形式で届いていないことが考えられます。本連載では、支援者の協力を得ながらも、障害児者と家族が主体的に自助の範囲で災害時の対策を考案し運用する例を紹介します。自助だけでは困難な対策の実現は、互助、共助、公助に分配することを考えています。

浦河べてるの家

連載1回目は、筆者らの研究チームが「障害者の安全で快適な生活の支援技術の開発」の準備段階(2003年)から協力を得ている北海道浦河町の社会福祉法人浦河べてるの家(以下、べてるの家)での津波避難訓練の実践を紹介します。

べてるの家は、1984年に設立された精神障害者の地域活動拠点群で、100名以上のメンバーが多様な活動に携わっています。現在の主な産業活動は、地元で採れる日高昆布の袋詰めとその全国への販売、地元産のイチゴの加工とイチゴジャムやイチゴアイス等の製品の通信販売です。入所施設はなく、居住形態はグループホーム、共同住宅、アパート賃貸など多様です。住居と活動場所の間は送迎バスが運行します。

避難訓練の始まり

べてるの家では、2003年十勝沖地震の際に複数のメンバーが不安や避難に関する課題を意識したことを契機に、防災勉強会を始めました。さらに、当事者が主体となり、町役場、自治会および研究者(当時は国立障害者リハビリテーションセンター研究所所属)の協力を得て、道内外の津波被害地域の見学をし、地震による津波を想定した避難訓練を企画・運営し、成果を学会や国際会議で発表してきました。避難目標は、研究者が文献調査に基づいて推奨した「地震発生から4分以内に標高10mに到達」を、べてるの家は採用しました1)。2011年東日本大震災後には行政からハザードマップが公表され、現在の避難目標は「地震発生から4分で12m、さらに高所に移動できる場所を一時避難場所にする」と変更されています。精神障害者自身による自発的な防災活動の持続は、国際的にも注目され、べてるの家が国内外に活動の場を広げる題材にもなっています2)。見学者用のパンフレットにもべてるオリジナルカレンダーにも「防災活動」は取り上げられています(図1)。
※掲載者注:イラストの著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。

訓練を18年続けて

本格的な共同研究の開始から3年間、研究チームは関東地方から浦河町を毎月訪問しました。その後、訪問頻度が年に数回に減っても、べてるの家の活動場所ごとの避難訓練は継続され、「小さい地震でも、さっさと逃げている」と職員は語りました(2023年3月)。2023年は4回の避難訓練を行いました。訓練開始当初は勉強会参加者を中心とした5名程度の参加でしたが、2023年には、活動場所あるいはグループホーム単位で、原則として全員参加しています。訓練参加人数は、2023年3月は29名、7月は24名でした。5月と7月にはNHKの取材があり、これまでの訓練の経過についての番組が放送されました3)。2024年能登半島地震では、浦河町は震度1で津波注意報は発令されていませんでしたが、冬のペット連れの避難の手順確認の良い機会ととらえた当事者スタッフは、家族と共に、小型犬2匹を連れて車で高台に避難し、ラジオの情報から安全を確認するまでの約2時間半を車中で待機しました。また、通常の訓練で行う振り返りを独自に行い同僚と共有しました。

訓練の手順:事前準備

2023年5月の避難訓練では、職員が司会をする前日ミーティングで訓練対象メンバー全員と一部の職員に役割を分担し、担当者は車いすへのJINRIKIの取り付け方法を確認しました(表1)。高齢化により、車いすを使う方がよいメンバーもいるため活動拠点には、それぞれ複数の車いすが準備されていますが、訓練では歩行に時間がかかる人も歩きました。役割分担の「苦労人」は精神障害に特有の課題により避難に苦労する人のことで、何人かは「幻聴さんが逃げるなと言う」と答えています。

表1 避難訓練での役割分担

役割人数
防災隊長1
通報1
避難誘導2
防災リュック3
消火1
点呼2
車いすに乗る人3
車いす介助者8
逃げ遅れ・苦労人2
助ける人・引っ張る人2
タイムキーパー1
写真4

当日の朝ミーティングでは役割分担を確認し、DAISY版マニュアルを視聴して集合場所と経路を確認しました(図2)。また、質疑では「外で履き替えたスリッパをどうするか」「目的地でトイレを借りられるか」「上着は、はじめから着ておいていいか」「先頭は誰か」「エレベータは使えるか」「到着目標時間」「荷物を持って行くか」が出されました。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2はウェブには掲載しておりません。

訓練の手順:振り返り

訓練の翌日の朝ミーティングではメンバーは振り返りをしました。「良かった点」「苦労」「さらに良くするために」の3項目について、全員が、順番に意見を出すのが、べてるの家の方式です。「良かった点」16件、「苦労」24件、「さらに良くするために」8件が挙げられました。

当事者スタッフを含む職員は訓練翌日の午後に振り返りを行い、就寝中の地震発生への対応が課題として挙がりました。研究チームが作成している音声読み上げをするマルチメディアDAISY版マニュアルについては次に挙げる6件の要望が出ました(図2)。1.活動場所・グループホームごとの避難手順と地震・津波の発生機序についての解説の両方、2.見ていて悲しくならない内容・安心することを目的とする、3.繰り返し見られる機能(スマホでも見られる)、4.高台での自主避難場所(グループホーム)での生活方法、5.メンバー自身がマニュアルに登場する、6.グループホーム来訪者(一人でアパート暮らししているメンバー等)にも見てほしい。研究者からは土砂災害マニュアルの作成が提案されました。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2はウェブには掲載しておりません。

地域との関係

職員の振り返りでは、高齢化による自治会機能の低下から、自治会に頼らない体制づくりの必要性が指摘されました。一方、「自助・互助の水準を上げることで、避難時の公助(救急車や警察車両の利用など)の必要性を絞り込むことができる」という考えも共有されました。

べてるの家の防災担当職員2名は日高振興局(避難目標地点のひとつ)での地域防災に関する研修を受講し、日高振興局とのつながりを得たことも報告されました。7月には避難経路にあるホテル従業員の参加を得る、10月は自治会の訓練に合わせた企画とするなど訓練を介した地域との連携も進めています。3月の訓練で車いすの進行を妨げたマンホールの突出は、新聞報道もされ、年内に町役場により丁寧に補修されました。


【参考文献】※1)と3)はwebで参照可

1)北村弥生,河村宏,我澤賢之,小佐々典靖,八卷知香子.精神障害者による津波避難訓練の効果と地域住民との関係.国リハ紀要.34,29-40,2013.

2)山根耕平.当事者参加の安全で配慮のある浦河町の町づくり―精神障害者グループホーム「べてるの家」の試み.
国連世界情報社会サミット(World Summit on the Information Society:WSIS).チュニス.障害保健福祉研究情報システム,2005.

3)NHK.北海道 NEWS WEB. 十勝沖地震から20年 障害者の避難 備えの取り組みは.

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