トピックス-障害者権利条約、障害者権利委員会について

「新ノーマライゼーション」2024年8月号

弁護士
田門浩(たもんひろし)

はじめに

私は生まれつき聴覚に障害のあるろう者として、26年以上にわたり弁護士の立場から障害者の人権擁護に携わってきました。皆様からの温かいご支援を励みに選挙運動を行い、本年6月に国連本部で行われた障害者権利委員会の委員選挙に当選いたしました。本稿を借りてご報告させていただきますとともに、これまでの皆様のご支援に心から感謝申し上げます。

障害者権利委員会とは

障害者権利委員会は障害者権利条約に基づき設置された委員会で、18名の委員が各締約国から独立して個人として活動しています。委員の主な職務は、条約に基づき締約国から提出される報告を審査し、総括所見を示すことです。日本も2022年8月に審査(建設的対話)が行われ、10月7日に委員会から総括所見が出されました。なお、委員は自国に対する審査には参加できません。この他にも、国連総会や国連経済社会理事会に報告し、条約解釈に関する一般的意見を作成したり、選択議定書に基づく個人通報の審議や締約国による重大または系統的な権利侵害に対する調査を行ったりします。委員の任期は4年で、再任が1回だけ可能です。隔年6月にニューヨークの国連本部で開催される障害者権利条約締約国会議において、各締約国の代表が選挙を行い委員の半数が選出されます。

選挙運動

日本で最初の委員は全盲の静岡県立大学教授石川准さんで、2017年から2020年までの4年間委員として活躍され、その間に副委員長も務められました。その後、日本障害フォーラム(JDF)の推薦を受けて政府から指名され、私も障害者権利委員会委員に立候補しました。立候補を決意した大きな動機は二つあります。一つは、旧優生保護法の存在です。私が生まれつき耳が聞こえないことを知り、母は深く悲しみました。後に、優生思想が根底にあった旧優生保護法を知り、母の苦しみを思い起こしました。2018年に始まった旧優生保護法国家賠償訴訟では、弁護団の一員として、母を想いつつ活動しました。もう一つは、災害時の障害者の人権保障です。2011年の東日本大震災では、私の生まれ故郷である福島県の多くの障害者が、命を落としたり、避難生活に苦しんだりし、災害時における障害者への支援の重要性を痛感しました。この経験から、委員として優生思想や災害時の各国における取り組みについて学び、日本の障害者の権利向上に貢献したいと決意し、JDF加入の全日本ろうあ連盟に伝えて力を尽していただき、JDFの推薦につながりました。

政府から指名を受けたあと、2023年から約1年の間、ニューヨークに3回渡り、国連本部で各国外交官や担当者と会談を重ねました。アメリカ手話(ASL)を使いASL通訳者の通訳により各国の人々とコミュニケーションを取って立候補の理由や抱負を説明しました。数えきれないほどの会談を重ね、ニューヨークから帰国するたびに疲労困憊でしたが、この経験は私にとって貴重なものでした。この選挙運動では、国会議員や弁護士の方々や外務省、国連日本政府代表部の方々から全面的にバックアップしていただきました。また、JDFをはじめとする日本の障害者団体からも、推薦文や動画を作成していただくなど多大な支援を受けました。このおかげで私はこの挑戦を乗り越えることができました。

障害者権利条約締約国会議での選挙

2024年6月11日から13日までニューヨークの国連本部で開催された締約国会議に出席しました。JDFのメンバー3名にも同席いただき、心強く思いました。

1日目に、いくつかの演説の後に選挙が始まりました。16か国から候補者の登録があったのですが、投票開始までに3名が辞退していました。午前11時20分ごろ、議長が選挙開始を告げて投票用紙が配られた直後、ハプニングが発生し、投票は中断されました。その後、12時に新しい投票用紙が配布され、投票が再開されました。午後1時からは休憩に入り、近くの日本食材店のイートインでラーメンを食べてエネルギーをチャージしました。午後3時に国連本部に戻り、選挙結果発表を待ちました。議長から得票数の多い順に名前が呼ばれる中、最初に私の名前が呼ばれ、驚きを隠せませんでした。周囲から祝福され思わずガッツポーズが出たことは、今でも鮮明に覚えています。今回の当選は、外務省や国連日本政府代表部の多大な努力、そして、JDFをはじめとする障害者団体や国会議員が早い時期から全面的な支持をしていただいたからこそ得られたものだと確信しています。

結果発表後、隣席のヨルダン国の方々をはじめ、多くの国の方々から祝いの言葉をいただきました。特に、武力紛争を抱える国の方々からは、障害者が最も苦しんでいるという話を聞き、委員としての責任をあらためて感じました。また、今回の選挙に立候補した他の候補者の方々も障害者の地位向上に尽力されており、尊敬に値する方々ばかりでした。彼らのためにも、委員として精一杯活動していきたいと思っています。そして、日本で初めて障害者権利委員会の委員を務められた石川さんのご活躍を心から尊敬し、そのご経験を参考に、委員としての職務に励んでいきたいと考えています。

今後の予定

2025年1月から、障害者権利委員会の委員としての任期が始まります。毎年3月と8月にそれぞれ1か月間ほど、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で会期が開催され、委員は、各国から提出される締約国報告書の審査と総括所見や事前質問事項の作成を主として行います。現在、条約を締結している国は191か国あり、1回の会期で5~9か国の報告が審査されます。会期前には、各国政府から自国の障害者政策、障害者の生活状況、障害者権利条約の達成状況を書いた報告書の提出があり、これと併せて障害者団体や市民社会団体からも各国政府の報告とは異なった視点からの情報を載せた報告書も提出されます。これらの報告書は、国によっては数百ページに及ぶため、会期前の1か月間は、日本にて、これらの資料を読み込むことに集中する必要があります。会期中は、各国政府との建設的な対話(1国あたり約5~6時間)を複数回行ったり、障害者団体や市民社会団体のブリーフィングに出席したり、委員間で総括所見を議論したりと、非常に忙しい日々を送ります。これらの業務に加え、会期前の資料読み込み期間も考慮すると、年間で少なくとも4~5か月は委員としての業務に専念することになります。今回の選挙で、多くの皆様にご支持いただき、委員に選出されたことを大変光栄に思います。いただいた信任を思い起こし、この重責をしっかりと果たすべく全力を尽くして職務に励んでいきたいと考えています。今後とも、皆様のご指導ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

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