特定非営利活動法人にこっと秋田 理事長
八代美千子(やしろみちこ)
「私が死ぬ時は、この子に覆いかぶさって死ぬからいいの」
2017年、県立療育センターに勤務していた私が、外来受診に来た障がいをもつ子のお母さんから聞いた言葉です。いつもは明るい方で、お子さんのケアもしっかりとされていました。ところがその日、お子さんはいつもどおりなのに、お母さんの様子が明らかに違うのです。顔色が悪く、髪はボサボサ。体調が心配になった私は「お母さん大丈夫? 私にできることがあったら言ってね」と声をかけました。返ってきたのが先ほどの言葉です。
ショックでした。そのお子さんは気管切開をして人工呼吸器を使っており、お母さんはそこを指さして「ここに覆いかぶさる」つまりは「道連れにして死ぬ」と言ったのです。
どうしてこんなことを言わなければならないのかと考えた私は、重い障がいをもちながら在宅で暮らす方たちについて調べ始めました。病院の中のことしか知らなかった私でしたが、やがて次のような現状がわかってきました。
前述したお母さんは一生懸命お子さんのケアをしていました。お子さんの体調が不安定なため支援学校に行くこともままならず、自宅でつきっきりでした。そしてこの社会資源の少なさ。そのような状況に、日々の家事やきょうだいの育児なども加わり、心身の慢性的な疲労、社会からの孤立などさまざまな要因があの言葉を引き出してしまったのだと気づきました。
お子さんにとっても、お母さんにとっても、一度きりの人生です。子どもを道連れにして死ぬことを考えなければいけない現状を何とかできないか、私にできることはないかと考え始めました。そんな時に出会ったのが、愛知県にある社会福祉法人ふれ愛名古屋の当時の理事長、鈴木由夫さんでした。初めてお会いしたのは仙台で行われた講演会。「東北にもっと重症児デイを!」というテーマで行われたこの講演会に、重症児デイへの興味と、チラシのイラストのかわいらしさに惹かれ参加申し込みをしたものの、会場が仙台だったので帰りは牛タンでも……と軽い気持ちの私でした(写真1)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1はウェブには掲載しておりません。
講演では、在宅で暮らす重症心身障がい児や医療的ケア児(以下、重症児)をお預かりするデイサービスは全国的に不足しており、その中でも東北は特に少ないということ、「なければ創ればいい」という信念のもと重症児の家族が主体となって施設を立ち上げているということを知りました。熱心な講演を聴き、自分の甘さと勉強不足を恥ずかしく感じました。講演後、鈴木さんに声をかけると「秋田は(重症児デイの)空白域だよ。なければあなたが立ち上げればいい」と言われました。
第二次ベビーブームに生まれ、自分がやらなくてもたくさんいる同期が頑張ってくれる、私はその後をついていけばいい、そんな甘い考えでいた私にもできるだろうか。「いつでも名古屋においで」という鈴木さんの言葉を頼りに、何度も名古屋へ足を運び、重症児を取り巻く制度やデイサービス立ち上げのノウハウを学び、ふれ愛名古屋が運営する施設の見学などを経て、少しずつ「自分で重症児デイをつくるんだ」という気持ちを芯のあるものにしていきました。
2018年3月に療育センターを退職し、4月にNPO法人を設立。半年後の10月秋田市に「多機能型重症児者デイサービスにのに」を開所しました。重症児者を対象とした放課後等デイサービスと生活介護の2事業で、定員はあわせて6名です。中古住宅の購入とリフォームに退職金を注ぎこみ、不足分は融資を受けて、病院でも施設でもない「八代さんちに遊びに来るような感覚」で利用できる場所づくりを目指しました。
前述したように、当時人数すら把握されていなかった重症児者。その認知度は低く、まずは外に出て地域の人に存在を知ってもらうことから始めました。コンビニ・スーパー・映画館、地域の神社で七五三のお祝いをするなど、バリアフリーのところばかりではなく、あえて人の手を借りなければならない場所にも行きました。初めて会う重症児者に驚いて目をそらす人、逆にジロジロ見る人、また人工呼吸器を見て「これなぁに?」と近づいてきた子どもを「近くに行っちゃダメ」と親御さんが止めるなど、いろいろなことがありました。しかし出かける回数が増えるにつれて、挨拶をしてくれる人、「頑張ってるね」「お買い物、楽しんでね」など声をかけてくれる人が増えてきました。少しずつではありますが、重症児者が地域で生活しているということを知ってもらっています。
同時に進めたのは、経験値のアップでした。重症児者の多くは、病院や自宅などで主にご家族からケアを受けています。限られた場所、限られた人と接しているので、初めての場所や人には極端に緊張してしまう方が多いのです。例えば、ずっと在宅で暮らしてきた重症児者の方がご家族の急病などでショートステイを使うことになった時に起こりがちなのが、
という問題です。実際、そのような方を私はたくさん見てきました。中には体調が悪化して亡くなった方もいらっしゃいました。
経験が少ないことで命を落とすこともある。普段からいろんな経験を重ねていれば防ぐことができたかもしれない。そう考えると、経験値アップというのはとても大切なことです。
幸いなことに「にのに」はスタッフにも恵まれ、どんなことでも「まずはやってみよう!」と言ってくれます。そんなチームワークに助けられながら、これからもさまざまなことにチャレンジして経験を重ねていきたいと考えています。
6年前に中古住宅から始まった「にのに」は、2023年4月に国庫補助を受け新築移転しました。名称も「多機能型ケアベースにのに」に変更し、既存の事業に加えて、未就学の児童発達支援と、週末のみではありますが福祉型ショートステイを開始しました。定員は通所部門の合計15名、ショートステイが5名となり、契約者数は30名を超えています(写真2)。これからも年齢と時間の切れ目ない支援の実現と、一度きりの人生を誰もが笑顔よげめ(秋田弁で多めの意味)で過ごすことができる社会を目指して、みんなと一緒に一歩ずつ進んでいきます。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真2はウェブには掲載しておりません。