当事者主体の災害準備-自立生活センターの自主広域避難2

「新ノーマライゼーション」2024年9月号

自立生活センターSTEPえどがわ
市川裕美(いちかわひろみ)
NPO法人支援技術開発機構
北村弥生(きたむらやよい)

本誌5月号では、自立生活センターSTEPえどがわ(以下、法人)が12名で行った広域避難訓練について報告しました。本稿では引き続いて実施した山梨県への集団広域避難訓練の経験を報告します。

バスでの集団広域避難訓練の準備(令和4年6月)

令和元年の試行の翌年には、法人事業所がある東京都江戸川区の保養所に自主広域避難する計画を立てましたが、コロナの蔓延により延期となりました。その間に、当法人の理事長は、偶然出会った清里(山梨県北斗市)の市議会議員から、元清里小学校がレンタルスペースとして活用できることを教えられ、その体育館を避難先としました。避難生活が長期にわたる場合には宿泊施設が多い地域への避難が有効と考えたためでした。

宿泊を伴う遠方への避難で懸念される移動・荷物運搬・経費は法人が負担して、「避難所には行けない」「避難する手段がない」という思いを軽減する機会にすることを目的にしました。第一に、移動には、障害者団体向けのリフト付きバスを借りる助成金制度(江戸川区)を利用しました。車椅子で移動をすること自体が困難なこと、宿泊に必要な荷物が多くなること、小学校は最寄駅から上り坂で約1.5Kmの位置にあること、電車に一度に乗れる車椅子の人数は限られることが理由です。

第二に、体育館に寝ることはかなり負担であると考えられるため、現地で布団をレンタルしました。第三に、説明会を開催し、障壁となりそうなことを募り可能な限りの対応を事業所が行いました。例えば、視覚障害者の同行援護者は宿泊を伴う業務には従事できないため、事業所の職員と学生ボランティアに誘導を依頼しました。その結果、障害者15名(車椅子利用者13名(人工呼吸器装着者1名を含む)、視覚障害者1名、知的障害者1名)を含む約50名(介助者、事業所職員、家族、ボランティア等)が参加しました。第四に、夕食は弁当を、朝食はおにぎりやパンを現地で手配しました。避難所設営は、支援者と現地の大学教員を介して募集した学生ボランティアに依頼しました。また、貴重な経験を記録に残すために、NHKの取材の機会を活用しました。https://www.nhk.or.jp/bousai/articles/21244/

訓練当日

令和元年台風19号のタイムラインに沿って、参加者には台風発生(上陸予想日の1週間前)から注意喚起、広域避難の決定、避難先の決定、参加申込等の訓練用メールを送り、準備時間の短さを体感してもらいました(図1)。江戸川区の方針に合わせて、台風襲来の3日前に江東五区共同検討開始、2日前に自主的広域避難の呼びかけ(高齢者等避難)、24時間前に広域避難勧告と仮定した結果、訓練では実際よりも丸2日早い避難となりました。訓練当日は高速道路が大渋滞で、休憩をとる予定のサービスエリアではトイレと昼食を買うにとどまり、予定より約2時間遅れて到着しました。

図1 令和元年台風19号の際の行動と訓練時の動き

台風19号避難訓練
日時警報・現象法人の動き日時警報・現象法人の動き
10/6
3:00
台風発生 6/21
15:00
台風発生(仮) 
10/7 台風情報を注視6/22 ● 台風発生注意喚起メール
10/8  6/23 ● 広域避難検討のメール
10/9
14:00
気象庁緊急記者会見●注意喚起の一斉メール6/24
9:00

21:00
緊急記者会見(仮)
5区共同検討開始(仮)
● 記者会見概要と集団広域避難先・方法について検討している旨メール
● 避難先決定、申込告知
避難申込 締め切り
10/10
10:00
12:00
 緊急会議
●「緊急事態宣言」発令予定の告知
●利用者に避難の意向確認
●シフト調整
●避難先確保に翻弄
6/25
8:00
9:30


16:00頃

高齢者等避難発令(仮)

「STEP緊急事態宣言」発令
集合 避難行動開始


避難所到着
10/11
11:00

13:00

14:00
区:自主避難場所公示
交通機関計画運休予定発表




「STEP緊急事態宣言」
(12日12:00~)発表
6/26
9:00




24:00

広域避難指示発令(仮)



計画運休(仮)
 
10/12
9:45

12:00
13:00
21:00

避難勧告


計画運休
台風最接近
垂直避難支援
自主広域避難
区内避難所避難

緊急事態宣言発令
6/27
8:00

台風最接近
 
10/13
7:00

荒川水位最高位
避難所閉鎖
    

体育館では、車椅子利用者の通路、介助スペース、人工呼吸器使用者の電源、夜間のトイレ使用、視覚障害者の移動に配慮して参加者を配置しました。プライバシー確保のためにキャンプ用テントを持参する者もいました。トイレは男女各3室、車椅子用1室の他に、オムツ交換のために2つある更衣室の一つに大型エアベッドを置きました。夜間に尿瓶を使う人は音・匂い・置き場に不安を訴えたため、ビニール袋に凝固剤を入れ、袋の口に底をくり抜いた紙コップをゴムで固定した簡易の尿瓶を作成したところ、使い勝手も問題なく、すべての不安が払拭できました。

移乗・介助しやすいベッドを使用している者にとって、床に布団という体制は心配でしたが、多くの参加者は、一晩寝た感想を「案外大丈夫だった」と述べました。ただし、ベッドであれば、移乗は自力か介助者一人でできるところが2人から5人の人手が必要になりましたが、支援に慣れている介助者の協力を得て就寝することができました。

到着後と翌朝の2度、支援者の協力を得て、訓練の感想と課題に関するグループワークを行いました。肯定的な発言としては、利用者からは「こういう避難ならできると思った」「場所の手配・足(バス)の確保がされていたのはとても助かった」、支援者からは「協力・交代してもらえる人がいるので助かった」が聴かれました。さらに、「今回の経験をもとに災害に備えたい」「また訓練してみたい」という声もあり、避難の動機付けとしては成功だったと考えています。

また、この訓練を通して集団で広域避難するメリットが示されました。例えば、他の利用者の介助者の手を借りられること、慣れない環境でも介助者同士で協力し合えること、介助者の家族も一緒に避難することによる安心感がありました。

一方、「距離があり移動で疲れた」「1~2日なら耐えられるが長期にはつらくなると思った」という課題も聴かれました。運営に要した経費は合計約95万円で、3つの助成金45万円以外の約50万円は法人と参加者の負担となり、毎年、このような訓練を行うことは経済的に困難と考えられました。公的な介護の支給時間だけでは避難に伴う準備・移動・避難中の介助に必要な時間の確保が難しい人もいます。さらに、限られた時間の中で、避難先と避難手段を確保し、利用者全員の意向を確認して、一斉の避難行動を調整することは不可能に近いと考えられました。令和5年には、法人が継続できると考えられる形式での避難訓練を実施しましたので、次号でご報告いたします。

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