実現・当事者目線の支援機器-ハイネルが目指す「もっと自由な生活」の実現

「新ノーマライゼーション」2024年12月号

株式会社コボリン 代表取締役
浅見一志(あさみひとし)

日本の課題:寝たきり高齢者の増加とその影響

日本は、世界的に見ても寝たきり高齢者が多く、約300万人が寝たきり状態にあるといわれています。健康寿命と平均寿命の差が約10年あるため、この間に医療費や介護負担が大幅に増加します。特に「不動」と呼ばれる体を動かさない状態が続くと、心身機能の低下を招き、廃用性症候群につながります。

「不動」の状態を解消するためには、定期的に姿勢を変えることが重要です。具体的には、以下のような効果が得られます。

心理的効果: 孤独感の軽減、うつ病の予防、自己肯定感の向上

身体的効果: 筋力維持、関節の可動域維持、血流促進、褥瘡(床ずれ)や血栓の予防、便秘改善など

これらの効果は、結果的に生活の質(QOL)の向上に寄与します。超高齢化社会を迎える日本において、寝たきりを防ぎ、体を動かすことの重要性は今後ますます高まります。

ハイネルとは何か?

ハイネルは、自力で姿勢を変えられない人々のために開発された、世界初の3次元姿勢変換機能を備えたロボット車椅子です。

「ハイネル(Hineru)」という名前は、身体をひねるhineru動作に由来しますが、「はい!寝る」というリラックスした姿勢を提供する意味も込められています。スイッチひとつで、利用者が自由に姿勢を変えられるため、「身体が伸びて気持ちいい」「リラックスできる」といった感想をいただいています(図1)。これは、副交感神経が優位になるリラックス効果や、肺が広がることで酸素が取り込まれやすくなることに起因していると考えられます。

図1
図1拡大図・テキスト

開発のきっかけと試行錯誤

ハイネルの開発は約20年前、筋ジストロフィー症の少年が「座っていると体が左に倒れてしまう」という課題に直面したことがきっかけでした。身体を支えるためにクッションを使用すると、今度は圧迫感や痛みが発生し、支えることが逆効果となる問題がありました。この矛盾を解決するため、「身体に合わせて背もたれが動く」という発想に至りました。

まずは手を動かし初号機を製作してみました。そこから、実際のユーザーや理学療法士、作業療法士、医師への試乗を繰り返し、各軸の可動範囲や機械的な構造を煮詰めて何台も試作を行いました。

背もたれが「リクライニング」「側屈」「回旋」「上下」と4つの動きを実現するためには、各軸が互いに干渉しないよう設計を最適化する必要がありました。さらに、人間の自然な動作に寄り添える支点を模索し続け、何度も試行錯誤を重ねて完成させました。

ハイネルには2種類のモデルがあります。ひとつは、市販の電動車椅子を改造した移動も姿勢変換も自由に行える電動車椅子搭載モデルです(写真1)。もうひとつは、移動は介助者に押してもらい電動で姿勢変換できる手動車椅子型のハイネルチェアーです(写真2)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1、写真2はウェブには掲載しておりません。

重力が引き起こす「身体の変形」への対応

自力で動けない方の身体に生じる最大の課題は「重力」による影響です。長時間、同じ姿勢でいると脊柱に重力がかかり、その反力を筋力で支えられない場合、骨盤が傾き、脊柱側弯や回旋などの変形が進みます。これが続くと、拘縮や痛みが発生し、生活の質が大幅に低下します。

ハイネルは、抗重力的な姿勢変化を可能にすることで、こうした身体変形を予防し、快適な姿勢を提供します。例えば、側屈や回旋を利用して身体を伸ばすことで、身体への負担を軽減し、より健康的な座位を維持することができます。

ユーザーと導入の流れ

ハイネルは、筋ジストロフィー症、脳性麻痺、頸椎損傷、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など、重度の肢体不自由をもつ方々を対象に設計されています。弊社は「超電動車椅子」と称し、一人ひとりに合わせたオーダーメイド製作を行っています。

納品までには6か月から1年程度かかりますが、ユーザーの生活状況や体型に完全に適合した製品を提供しています。障害者総合支援法や児童福祉法を利用して支給されるケースもあり、これまでに3例の特例支給が認められました。

人により手の動きに制限がある方もいますので、操作方法はさまざまなオプションを用意しています。一つだけの軽いスイッチで、選択式のセレクターを見ながら操作することもできます。ALSなどでスイッチが押せない人のケースでは視線入力で画面を見るだけで姿勢を変えている方もいます()。

実際の利用者の声

ハイネルを導入した方々からは、多くのポジティブな感想をいただいています。

・1日1226回の動作で痛みから解放

筋ジストロフィー症の利用者は、以前は1時間以上座り続けるとお尻が痛み、褥瘡の危険性が高まっていました。しかし、ハイネルを導入してからは、自分のタイミングで姿勢を変え、圧力を分散できるため、痛みが解消し、仕事に集中できるようになりました。

・親子関係の改善

家族介助の負担も軽減されました。例えば、30分ごとに姿勢調整を求めていた筋ジストロフィー症の方が、ハイネルを利用することで介助の頻度が1日1回に減り、親子関係が良好になったという報告があります。

・誤嚥のリスク低減

SMA(脊髄性筋萎縮症)の利用者は、ハイネルを利用するようになってから、食道の角度を調整して飲み込むことで誤嚥の頻度が月1回から年1回に減少しました。

ハイネルがもたらす社会的インパクト

ハイネルは、ベッドと車椅子の中間に位置する存在として、在宅での快適な生活空間(サードプレイス)を提供します。これは単なる「姿勢保持装置」ではなく、「姿勢を動かすことができる」道具です。身体を動かせない人々の権利を守り、より自由で自分らしい生活をサポートします。また、高齢者の機能低下や寝たきり予防にも役立つ可能性があり、福祉用具の新しい市場を切り開くことを目指しています。体を動かすことによって本人も痛みから開放され、より健康的になり、結果として医療費も減らすことができます。

「もっと自由に、自分らしい生活を」という理念のもと、ハイネルは多くの人に快適な生活を提供し続けていきます。「姿勢を自由に動かすこと」が人の権利として認知され、このような姿勢変換できる補装具が希望するすべての人に届く社会を実現したいと考えています。


Hineru eye(コボリン×オリィ研究所 合同開発)

menu