知的障害当事者からの発信「パンジーメディア」

「新ノーマライゼーション」2025年3月号

社会福祉法人創思苑 理事長
林淑美(はやしやしみ)

知的障害のある人たちの思いや、ありのままの姿を伝えるために誕生したインターネット番組「きぼうのつばさ」。今年1月に公開された第101回の放送では、番組を制作している知的障害のある当事者スタッフ10名が、これから実現したい夢を語るシーンからスタートしました。

「パンジーメディア」が伝えるもの

パンジーメディアは、社会福祉法人創思苑の一部門として活動しています。1993年の運営開始以来、「知的障害のある人が自分で決めること」「どんなに障害が重くても地域でくらすこと」を目指してきました。この理念のもと、知的障害のある人が自分たちの思いを社会に届けるためのさまざまな取り組みを進めてきました。その中で生まれたのが、当事者自身がメディアを通じて社会に発信する新しい試みです。

2001年、スウェーデンのグルンデン協会を訪問した際、私は知的障害のある人が自分たちでメディアを運営し、社会に向けて発信している姿に衝撃を受けました。「これを日本でも実現したい!」。そう強く思い、試行錯誤を重ねながら誕生したのが「パンジーメディア」です。

それまでもパンジーの当事者たちは学校などに講演には行っていました。しかし、年に数回の講演だけでは伝えられる範囲が限られていました。映像を使うことでより多くの人に伝えられるのではないかと考えたのです。しかし、当時はノウハウもなく、試行錯誤の連続でした。それでも、「知的障害のある人たちのありのままの姿を見てほしい」「どんなに障害が重くても偏見や差別がなくなり、地域で自分らしくくらせる社会になってほしい」という強い思いが、私たちを支え続けました。

「パンジーメディア」が伝えること

パンジーメディアは2016年9月、ついに第1回「きぼうのつばさ」の配信を始めました。番組は、さまざまな方法で知的障害がある人の姿を伝え、50分前後の構成で以下のコーナーを展開しています。

「パンジーの眼」:知的障害のある人にかかわる事件や社会の問題を当事者の立場から語ります。

「私の歴史」:知的障害のある人がこれまでの自分の人生を語ります。差別された子どもの頃、つらかった施設での体験など、これまで胸の内に閉じ込めてきた思いを語ります。

「パンジーキッチン」:知的障害のある人がシェフのレストランです。これまで料理を作る機会が少なかった当事者たちが料理作りに挑戦をします。みんな、自分の新しい可能性に挑戦です。

「ドキュメントなど」:障害の重い人たちが地域でくらす姿や、写真部で自分を表現する活動などを放送しています。そして、ドラマです。テーマや自分がしたい役などを当事者で話し合って決めます。これまでに7本のドラマを作りました。

パンジーメディアを始めるときに、私たちは大切な決断をしました。それは、「知的障害のある人の思いを発信する」ことを最優先にし、番組制作の中心を当事者自身が担うということです。プロの関与は最小限にし、監督の小川道幸さんだけが専門家として加わりました。小川さんはNHKを中心にドキュメンタリー制作を手掛けてきた監督です。そして、番組制作を当事者が担当し、日頃から支援を行っている職員がサポートする体制を整えました。

最初の頃、当事者が担っていた役割は「プロデューサー」と「出演者」でした。当事者は、番組が知的障害のある人にもわかりやすい内容になっているかをチェックする重要な役割を果たしました。現在では大きな変化が生まれています。カメラマン、スイッチャー、音声、フロアディレクターなどの役割も当事者が担うようになり、番組制作の中心に立っています。

そして、何よりも大きな変化は、「伝える力」の成長です。番組制作を通じて、当事者たちは、自らの言葉で思いを発信し、多くの人々とつながる喜びを実感しています。

10年の歩みと成長

番組開始から約10年、パンジーメディアの活動は大きく広がりました。また、「きぼうのつばさ」を通じて多くの人とつながることができました。

大学や公的機関からの講演依頼が増え、当事者が講師として招かれるようになりました。NHKへの出演も多くなりました。さらに、大学の先生による選挙の勉強会が定期的に開催されたり、「私の歴史」がデザイン美術コースの生徒によってLLブックになり、高校生たちから当事者一人ひとりにプレゼントされるなど、活動は広がっています。

さらに、視聴者や支援者の意識も変わりつつあります。「知的障害のある人たちの姿を初めて見た」「こんなに生き生きとした姿があるとは知らなかった」「自分も何かできることをしたい」といった声が寄せられるようになり、新たなつながりが広がっています。

パンジーメディアのこれから

当事者が自分の思いを発信し、「どんなに障害が重くても地域で自分らしく生きられること」の思いを大切に、これからも活動を続けていきます。今後、より多くの人に届けるために、次の取り組みを進めていきます。

1.全国の当事者が発信できる場を広げる

オンライン配信を強化し、全国の知的障害のある人たちの姿やメッセージを届けます。出演や取材の希望にも応え、より多くの当事者が自分の思いを発信できる場をつくります。

2.教育機関との連携

大学や専門学校と協力し、授業や研究の場で当事者の発信を活かします。未来を担う若い世代が、当事者の声を直接聞き学べる機会を増やしていきます。

3.全国での上映会開催

各地で上映会をします。昨年も各地で開催しましたが、直接集まり、意見を交わす場も大切にしていきます。

4.国際的なつながりの強化

海外のメディアや障害者団体と連携し、世界各国の当事者と情報を共有します。当事者の国際会議やアジア圏での新たな動きにも注目しながら、世界とつながる発信を目指します。

「きぼうのつばさ」で見えてくるもの

映像の力の大きさに、あらためて驚かされています。言葉で伝えられなくても、瞬き一つ、口の動き一つで、自分の感情を表現できる──その姿を映像が映し出しています。

「きぼうのつばさ」を観ることで、知的障害のある人たちのくらし、夢、そして直面する困難を知ることができます。彼らが夢を実現するために何が必要なのか。社会に求められるものとは何か。この番組が、そんなことを考えるきっかけになればと思います。また、「知的障害のある人とどう関わればいいのか?」と迷ったときにも、この映像がヒントになるかもしれません。

ぜひ、「きぼうのつばさ」を観てください。そして、知的障害のある人たちが自分の夢を叶えながら地域で生きられる社会を、一緒につくっていきませんか。それは、誰もが自分らしく生きられる社会につながるはずです。


「きぼうのつばさ」を見る
https://pansymedia.com/

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