一般社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会 国際部
南由美子(みなみゆみこ)
一般社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会国際部(以下、全難聴国際部)は、2022年1月から3年間、国際協力機構(JICA)の草の根支援型の委託事業として、ネパール難聴者・失聴者協会(SHRUTI)やトリブバン大学教育病院(TUTH)と共に「カトマンズの病院における難聴者の意思疎通支援パイロットプロジェクト」を実施しました。プロジェクトチームの一員としての経験をお伝えします。
このプロジェクトのきっかけは、2017年9月のネパール視察訪問でした。詳細は、「ノーマライゼーション」2018年2月号に掲載されている「ネパールにおける文字情報サービスに関する支援」(瀬谷和彦)をご覧ください。ネパールは自然災害が多いだけではなく、カースト制度の影響による不可触民(ダリット)への差別も深刻な問題です。
障害者権利条約に関して、ネパールは日本より5年早い2009年に批准し、国連に提出するパラレルレポートには難聴者の課題が含まれています。2018年の初回審査では、難聴者の権利に関する重要な勧告が引き出されました。このような背景から、私はネパールの障害者や難聴団体の活動に興味を持ち、日本の難聴活動にはない勢いやエネルギーに注目していました。
プロジェクト期間内で試験的に実施する内容は、以下の3つのツールを開発することでした。主にTUTH耳鼻科内で行われ、SHRUTIや難聴者が中心となって開発に携わりました。
難聴者のカルテに耳マークスタンプを押すことで、医療スタッフに対して、分かりにくい難聴の特性を理解してもらいます。これにより、ニーズに応じた適切な対応が促進されます。
医療関係者向けに、障害の社会モデルやSDGs、難聴啓発に関するトレーニングを行うためのガイドブックは、日本にはない画期的な開発です。
これらのツールを継続して使うことで、カトマンズの病院でコミュニケーション支援の仕組みが定着し、難聴者への理解と支援が広がることを目標とします。
全難聴国際部メンバーは、瀬谷(プロジェクトマネージャー)・宮本忠司・小谷野依久・筆者の4名と佐野竜平法政大学教授(アドバイザー)です。
チーム4名がトータルマネジメントに関わり、互いに補い合っていましたが、主に私は、プロジェクトの進捗と資金の管理、日本での研修コーディネートを担当しました。毎月決まった日にJICAへ月報を提出し、情報保障が備わった月2回のネパール側との会議の準備をする繰り返しを36か月。SHRUTIからの報告が遅れ成果を確認できなくてもどかしさを感じた時や、コロナ禍で先が見えずモチベーションが下がり気味になった時もありました。
そこでSHRUTI役員とTUTH医師3名を日本に迎えることにしました。コロナ禍でオンライン研修に切り替えた後も、彼らは訪日を強く希望していたので、モチベーションを高めるための最後の試みとして実施しました。プロジェクト終了まで残り5か月となる2024年8月、日本滞在はお盆のわずか2日間です。その間、3病院と3行政、10施設をめぐる分刻みのスケジュールでした。
酷暑の中、多くの施設が視察に協力してくださいました。2日目は非常に強い台風7号が接近し、一時は心配しましたが、私たちの情熱が伝わったのか、視察先の皆さんが一生懸命に対応してくださいました。ネパールから来日した3名の表情や目の色が次第に変わっていくのを感じることができました。
視察先の病院内では、耳マークや難聴者への支援、難聴児療育の現場、聴覚障害者への公的派遣システム、役所窓口での対応、そして難聴者団体からの心のこもったおもてなしなど、すべての場面で質問や感想、意見交換が丁寧に行われました。彼らが新しい知識を吸収し、積極的に質問をする姿を見ることで、プロジェクトの意義を再確認することができました。そして、難聴者に対して耳マークスタンプや筆談ボードの使用を記録する具体的な約束を交わし、その後本格的にサービスが開始されたのです。
2024年12月13日に開催されたプロジェクト終了セレモニーは、私にとって5回目のカトマンズ訪問となりました。TUTHの大ホールには、政府関係者、国会議員、JICAネパール所長、TUTH以外の病院や施設のスタッフ、トレーニングを受けた病院スタッフなど約80名が集まりました。この様子は、ネパールの5つのメディアによって全国に繰り返し放映されました。
SHRUTIニータ理事長の発言:「難聴者のアクセシビリティを向上させるための3年間のプロジェクトが終了しました。耳マークの開発、筆談具の導入、ガイドブックの配布はTUTHに限定されていますが、ネパールの他の病院に拡大することが非常に重要です。保健政策において強制的に実施されなければなりません」
SHRUTIディバッカー副理事長の発言:「このイニチアチブは、すべての国民が保健サービスを受けられるようにするというネパール政府を支援すると同時に、国連の障害者権利条約の目標達成を支援するものです」
TUTHラビンドラ医師の発言:「耳マークスタンプを見れば、病院内の誰もが難聴者であることを認識し、必要なコミュニケーションを取ることができます。これはパイロットプロジェクトです。現在は耳鼻科だけで実施していますが、病院全体で実施されるべきです」
筆者の発言:「私たちの目標は、TUTHで実施されたこのプロジェクトの学びをネパールだけでなく日本の病院にも広げることです。このプロジェクトは、JICAネパール、TUTH、SHRUTIの支援と努力のおかげで成功しました。ありがとうございました!」
このプロジェクトを通じて、障害者権利条約第32条に基づく国際協力の重要性を実感しました。
2021年からJICAは、プロジェクト予算とは別枠で必要経費を認める先進的な取り組みを始めました。このような支援が、私たちにエンパワメントの機会を与えてくれています。障害がある人々の国際協力は、国全体を豊かにする近道です。
神秘的な都カトマンズで、難聴者の国際協力に関わることができたことは、まるで夢のような経験でした。この大きな達成感と喜びは、私にとって大きな意味を持っています。このプロジェクトの成果は、ネパールだけではなく、日本のすべての難聴者のウェルビーイングにも寄与すると信じています。このプロジェクトを通じて得た経験と知識を基に、私たちはさらにインクルーシブな社会を築くための努力を続けていこうと思います。